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2025年03月03日11:17

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松原照子の「世見」(転載)

本日の世見  2025年3月03日(月曜日)

『虐待』

今日は雛祭り。
我が家でも毎年、娘のお雛様がいつもの場所にいつものように飾られて、私と過ごします。
明日になると又、雛人形はいつもの箱入りをして、一年間を暮らします。

雛人形‥‥昔は子供の災いを移して水に流す、“ひとがた”人形でした。
いつの頃からか、雛人形は豪華になり、水に流す代わりに、直ぐに片付ける風習になったのです。
雛人形ってね、共有するものではなく、初節句には新しい人形を飾るのがよいと言われています。
「いつまでも飾っていると娘が嫁に行けなくなる」と言われているのですが、本当かなぁ〜と言うのが私の答です。
その理由は、次の日にお雛様をしまってもお嫁に行かない人を知っていますからね(笑)。

お雛様のことを書いていると、虐待を受けている子供達がいるのを感じて、とても辛くなりました。
本来なら子供達を保護するのが大人です。
特に、親やその親とかに代る大人が、子供に虐待を加えているのです。
どうしたらなくなるのでしょうか。

虐待死は、殴る、蹴る、叩くだけではありません。
投げ落としたり、火傷を負わせたり、溺れさせたり、赤ちゃんなのに激しく揺さぶったり、家に閉じ込め食事を与えない‥‥これだけではありません。
子供への性的行為、子供が大人になっても心に傷を残す行為です。
無視や兄弟間での差別、重い病気になっても病院に連れて行かない親もいます。
「トー横」や「グリ下」に集まる若者の中には、家庭内での虐待から逃れて来た未成年も多いと思います。

私ね、こんなことを思ってはいけないのかもしれませんが、特に身体的虐待をした親と側近の大人には、同じことをする刑があるといいのに‥‥と思ってしまいます。
「食事を与えない」こんなことが現実に起きているのですから、心理的虐待を体験した心の傷は大きく、大人になっても残ると思ってしまいます。
自分勝手な親ほど、しておきながら、自分が歳を取ると面倒を見て欲しくなる人が多いように思います。
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