昨日の日記の続きです。
友人が発見した寿司屋が大ヒットだったわけですが…
食べログなどのサイトで見つけたわけではありません。
サイトで評価の高いところを見つけると、
洋食の場合は、油が悪く、悪い牛肉を使っているところに当たったり、
寿司の場合、養殖魚を乱暴に切りつけたり、偽装魚を使うところがヒットするからです。
https://choco-min.com/food/3100/
偶然見つけたということですが、
その偶然というのが、凄いです。
あるとき、うまい鮨を食っていたら、ここを思い出した…そうです。ここの何を思い出したのかというと、私鉄の窓から見えた看板を思い出したそうです。
想像や推定というのは、こんなものですね。
その看板は、白地に屋号が書いてあるものでごく普通のものです。中には、センスがあるから、味もうまいと想像できるものもありますが、そういう素晴らしい看板ではありません。
何かに似ているな…と思ったら、facebookです。facebookには、フレンドという、mixiのマイミクに当たるものがあります。
やっているうちに気が付いたのですが、
全く別の系統の知り合い二人が、知らない縁でつながっているということがあります。会社や職種が違う、甲乙が実はA高校の同級生だったなどです。甲とは日暮里で、乙とは金沢文庫で知り合ったのですが、それが分かったときは驚きました。
いろいろな考え方があります。
オカルト的な考えをすると、鮨も甲乙の知り合いも、別世界でよく知っていて、プラトンではないですが、それを想起して現実世界でも鮨を食ったり話をしたりしている…
ということです。
この考えは、荒唐無稽ですが、占いが当たることを説明できるなど長所があります。
また、
寿司も友人も、縁ができるときに決め手となるものがあるのだが、縁を作った人はそれを忘れている…というのも一つの考えです。
たとえば、A高校の生徒の独特の癖があり、それを自分は好んでいてだから別々に甲乙と付き合うのだが、そのことを意識していない。
鮨屋の看板も、曰く言い難いこの店はうまいはずだという標(しるし)があるが、そのことを意識していないし言語化できない。
ということかもしれません。
ところで、非常に勘が優れている人がいます。
その人がかつて僕に行ったことには、「マルクスの『資本論』は、読んだだろ。アレだけの長大なものを、一人で実証したわけはないだろ」
なるほど。想像だというわけですね。
確かに、言っていることは正しいです。すべてが想像です。たとえば、戯作者Aの家からBという本が発見されると、「戯作者AはBを踏まえて、『✕✕物語』を書いたなどと言われます。しかし、家にあったBを本当は読んでないかもしれません。
彼は優れた勘で、他人の十歩先を行きます。だから大きな業績を上げました。
ところが、彼の勘も外れることがあります。そこをどう考えるかが問題です
そこで、こういう受験生を思い出しました。
文法を一切使わない人です。
It is easy to argue that there is not much difference between the parent-child relationships of Americans and Japanese.
という英文が出てきたら、
それ、簡単、論じる、大きな違いがない、親子関係、アメリカ人たちと日本人たち
とおいて、
「アメリカ人と日本人の親子関係は大して違いがないと論じるのは簡単だ」とするものです。もちろん、文法を考えないので、大まちがいをすることもあります。
さあ。ここからが問題。
この人(某有名私立医大に入った男性)は、確かに勉強の仕方がまちがっている人です。一般的にそうですし、私も勧められません。
しかし、ひょっとしたらものすごく勉強の仕方が分かっている人かもしれません。
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