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2024年12月30日07:45

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諫早大水害のはなし(母)

さっき 朝ごはんを食べている時に母に聞いた話。

母は中学生の頃、諫早大水害に遭ったそうです。
(ちなみに 長崎大水害も経験しています)


当時、川が氾濫し、どんどん家の前の道路が川のような流れになりました。
母と祖母は2階に逃げ(祖父は 仕事で不在)、それでも水が増水し、 2階の押し入れの上に上がって 避難したそうです。

母の家の前の向かい側の家々がどんどん流されていくのを窓から見ていたそうです。
母の家の右隣も左隣の家も流されたそうです。


その後、中学に行ったら運動場は
流された亡くなった人 などの安置所となっていて衝撃を受けたそうです。

亡くなったクラスメイトもいました。


あるクラスメイトの女の子は、家が流され 家族も全員失いましたが、彼女だけ、流されていた何かにつかまって、流され続け、なんと命は助かりました。
その女の子は、ラッキーなことに、ご縁があったのでしょう。
助けてくれた東京の方にもらわれて行ったそうです。
これ 新聞にも載った〜と言っていました。


母は、祖父が 九電に勤めていたので 、そのときはそれ関係の借家に住んでいたそうです。


ちょうど水害の1ヶ月前のことです。
会社がその家のお風呂を工事するということになりました。
これまでの木の風呂釜から、石の風呂釜に変えたそうです。

その石の風呂釜が
、なんと!家の重しになったみたい!!!

母が住んでいた家だけ、重くて(!)流されなかったそうです。

今考えると これってすごい。


実は、母は3歳の時 中国から引き上げてきました。
祖父が 九電の仕事で満州に赴任していたからです。

日本が戦争に負け、日本人は 急遽 日本に引き上げることになりました。
列車の中で、邪魔になる子供達は殺されていきました。
泣いたら殺される。
祖父母も、母は殺されると思っていたそうです。

でも、ラッキーなことに!
3歳の母は憔悴しきっており、泣く元気もなかったそうです。

それで 声を出さなかったため、 殺されずにすみ、 日本に帰ってくることができたそう。


強運の持ち主!

母がいなかったら私もいなかった!ってことだもん。
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