2024年11月13日(水)で、平成を代表するロックバンド「WANDS」の再始動発表から丁度5年目になる。今回、バブル崩壊後、日本の音楽業界を引っ張ってきたWANDSと共に、事務所からデビュー35周年企画を打ち出されたZARDの坂井泉水、トリビュートバンドのSARD UNDER GROUNDに焦点を当てていく。
目次
・第1章 2025年のデビュー35年周年を記念した ZARDの企画がスタート
・第2章 3人組のロックバンド WANDSプロジェクトについて
・第3章 ZARDのデビュー30周年企画と平行したSARD UNDER GROUNDの活動
・第4章 坂井泉水の故郷神奈川県秦野市内で後世へ伝える取り組み WANDSの歴代ヴォーカルの現在(いま)
写真=WANDSの5期体制に渡るメンバー表 掲載元 家電凡人パパスのデジタルお昼寝日記 2023年5月26日付け
https://papasu1102.com/wands/
第1章 2025年のデビュー35年周年を記念した ZARDの企画がスタート
1991年2月10日に、ヴォーカルの坂井泉水を中心とした音楽グループ、ZARDは1stシングル「Good bye My Loneliness」でデビューした。翌1992年から1993年春まで5人組のバンドで編成された時期がある。TV出演時やCDのジャケット撮影などで、ヴォーカルの坂井泉水が大々的にクローズアップされる状況から、世間的には女性ソロシンガーとのイメージが強い。1993年2月5日(金)にテレ朝系列のミュージックステーションで、6thシングルの「負けないで」を披露して以降、テレビの前から姿を消し、極力雑誌の取材も控えた。LIVE TOURも2004年の一度のみにとどまった。素顔が明かされず、神秘のベールに包まれた坂井泉水、ジャケットに映った透明感のある姿から、妖精を彷彿とさせた。
2007年5月27日に、闘病中の不慮の事故により、40歳3ヶ月半の若さで、この世を去った。亡くなった後、事務所によって、スタジオで収録された歌唱シーンが公開された。徐々に素顔も開かされることにより、彼女の人となりが見えてきた。
昭和時代どの家庭でもとっていた新聞を読む習慣があり、ニュースも視聴していたという。デビュー後1996年まで都市郊外の秦野市内の実家に暮らし、気付いたことをノートに書く習慣を持っていたという。丹沢山地の麓の自然豊かな環境で、感性を育み、後世に残る作品をかきあげた。彼女が所属した音楽グループ、B-ZONEが唯一公認したトリビュートバンド「SARD UNDER GROUND」を初め、令和の時代にも、名曲の数々が歌い継がれていた。
2026年のデビュー35周年イヤーに向けて、B-ZONEグループは、企画を打ち出した。その第一弾が、ベスト版のリリースである。彼女の17回目の命日である2024年5月27日に、ZARDオフィシャルホームページで、ベストアルバムリリースに向けて、9月27日(金)までリスエスト投票を受け付けていた。投票は一人一回、3曲に限定された。デビュー年数の企画に合わせ、収録はリクエスト上位35曲である。
11月10日、ついにリクエストランキングと共に、ベスト版リリースの詳細が出た。合わせて、2025年2月から2026年2月までの1年限定のファンクラブ「WEZARD 35 limitato」を発足する。早速入会受付を開始した。
写真 掲載元 ZARD オフィシャルx
https://x.com/zard_since1991/status/1855588720168034370/photo/2…
振り返ると、デビュー30周年企画も、前年となる西暦2020年から始まった。ファンの間では、その前の2019年から予兆を感じ取っていた。同年、ZARDが所属したレコード会社B-ZONEグループから、トリビュートバンド「SARD UNDER GROUND」の結成が明らかにされた。彼女たちは、春先にライブハウスで練習を重ね、9月18日に1stアルバム「ZARD tribute」の発売にこぎつけた。SARD UNDER GROUNDのデビューも、ZARD30周年企画の一部とみている。SARD UNDER GROUNDは、知名度アップのため、CDリリース後は、レコードショップを中心に回る「リリース記念イベント」に力を注ぐ。ZARDの曲は、誰しも一度は耳にしたことがある。青春時代ZARDの歌に勇気付けられた中年世代は、懐かしさが蘇り、SARD UNDER GROUNDに思いを寄せる傾向にある。もちろん、彼女たちは、新たにZARDの現役時代の馴染みが薄い若い世代にもアピールを展開し、次第に支持を集めた。年数がたつに従い、青春時代にZARDの歌を耳にした中高年から、若い世代へとファンの裾野が広がった。地道な取り組みは、確実に成果をあげていた。
第2章 3人組のロックバンド WANDSプロジェクトについて
同2019年11月13日(水)に、もうひとつB-ZONEグループから、一大発表があった。ZARDと共に一世を風靡した3人組のロックバンド「WANDS」が、新たに5期体制として再始動することが明らかにされた。インターネット上でトップニュースになり、X(当時の名称ツィッター)ではトレンド入りを果たした。WANDSとZARDの間では、共通点がある。1993年6月8日にコラボレートシングルとして「果てしない夢を」をリリースしてた。同曲は、1993年のシーズンを通して、読売巨人軍のホームゲームを放送する日テレ系列「劇空間プロ野球」のテーマソングに抜擢された。より応援歌として定着させるべく、当時の読売巨人軍の長島茂夫氏が、ゲストヴォーカルとして参加した。
写真=坂井泉水と長島茂雄夫氏 掲載元 Ameblo きっと忘れない 2016年2月21日付 長嶋さんと泉水ちゃん♪ より
https://ameblo.jp/on-the-road-sky/entry-12131040535.html
同曲はリリース時話題を集めたものの、テレビの前で披露することはなかった。坂井泉水自身、作詞家として、WANDSにも提供していた。3期体制の1998年2月11日に発売された13作目のシングル「Brand New Love」、同年6月10日発売の14作目のシングル「明日もし君が壊れても」の作詞を手がけている。
WANDSの活動を振り返ると、1991年夏ごろ、B-ZONEグループが主催するプロジェクトの一環として、オーディションにより、メンバーが選行された。WANDSとZARDの共通のプロデューサーは、グループの代表者長戸大幸(ながとだいこう)氏である。ZARDに遅れて、1991年の12月4日に1stシングル「寂しさは秋の色」でデビューした。関西テレビ系列のドラマ「ホテルウーマン」の挿入歌に抜擢されるものの、オリコン・ウィークリー・チャート、最高63位と振るわなかった。続く1992年5月13日リリースの2ndシングル「ふりむいて抱きしめて」は、ウィークリー・チャート、最高80位と泣かず飛ばずの状況だった。同年7月1日に3rdシングル「もっと強く抱きしめたなら」をリリースする。ウィークリー・チャートは、初登場47位と同じく振るわない。デビューから3作連続で全く売上が伸ばせない状況だと、グループの存続にもかかわる。現に同曲のリリースを持って、キーボードリストが大島こうへいから木村真也に代わっていた。B-ZONEグループは、宣伝に工夫を凝らした末に、ファン獲得の成果を上げる。同年10月28日に、人気女優兼歌手の中山美穂とのコラボを実現し、「世界中の誰よりきっと」をリリースした。作詞は、中山美穂と共に、当時グループのヴォーカリストの上杉昇が努めた。9月18日に初めてテレ朝系列のMステに出演し、「もっと強く抱きしめたなら」を披露している。「世界中の誰よりきっと」の売上枚数は183万枚、同年末紅白歌合戦には、WANDSも中山美穂のバックの形で出演していた。
写真=1992年紅白歌合戦の模様 掲載元 Xユーザー TOKYO VICTORY 2019年1月5日付
https://x.com/tokyo_u_victory/status/1081391902543368192
同曲の大ヒットにより、WANDSの作品も人々の目にとまった。年明けの1993年に1月に、再度「もっと強く抱きしめたなら」をMステのステージで歌うと、CDの宣伝効果として大きく発揮した。発売27週目にして、ウィークリー・チャートで1位を獲得する。最終的にCD売上160万枚を記録し、ZARDと共に一躍トップアーティストの仲間入りを果たした。
1993年2月26日に続く4作目のシングルとして発売した「時の扉」の披露を最後に、メディアの前から姿を消した。同年CDの売上総額は、全国トップをいくZARDは133億3630万円、続くWANDSは125億7万枚である。
詳細 nammyのチャート日誌より 2013年7月7日付
http://nammyblog.seesaa.net/article/368547104.html
WANDSはCD販売額の成績から、翌1994年に日本ゴールドディスク大賞を受賞した。ライブ自体は、複数年で開催暦がある。大ブレイクを果たした1993年12月10日に,
LIVE SHOOTINGと題し、渋谷ON AIR EASTで一本、翌1994年、ツアー名LIVE JUNK♯1 同じ渋谷ON AIR EASTで4月25日と26日に2daysを開催した。続くLIVE JUNK ♯2、6月22日に渋谷公会堂で、同24日には中野サンプラザで行った。1995年は、アルバムを丸ごと引っさげたツアーとなる。LIVE JUNK♯ PIECE OF MY SOUL、全国8都市8公演、北海道から、宮城県、東京都(会場は中野サンプラザ)、愛知県、大阪府、広島県、福岡県で開催した。四国を除き、各地方を回った。
1996年以降、表立った活動はなく、97年にはヴォーカリストとギターリストが代わった。残されたキーボードリストの木村真也は、WANDS存続を希望する。事務所側が、オーディションを開催し、ヴォーカリストの和久二郎(現名称松元治郎)とギターリストの杉本一生(現名称安保一生)を採用する。1997年5月頃、事務所が、2人の新メンバーを、木村真也に引き合わせ、セッションしたことを明かした。和久次郎は、2023年12月8日に社名STARTO ENTERTAIMENTへとマネージメント業務を引き継いだ男性アイドルを輩出した芸能事務所に所属していた実績がある。WANDSの事務所は、新たに1991年から1992年7月までを第1期、キーボードリストが代わった92年秋口から97年初頭まで第2期と区切って、グループの歴史を紹介した。97年春以降は、3期体制となる。同年9月3日に、第3期体制として初となるグループ通産12枚目のシングル「錆ついたマシガンで今を撃抜こう」を発売する。人気アニメドラゴンボールGTのタイアップを受けて、ウィークリー・チャート4位、デイリー・チャートに限ると1位を獲得していた。売上は20万枚に達している。
なお第2期で活動を終えたヴォーカリストの上杉昇とギターリストの柴崎浩は、レコード会社ユニバーサルJに移籍し、1998年にロックユニットal.ni.coを結成している。199年には、全国6場所8公演に渡るライブツアーを開催した。
WANDSプロジェクトの方は、3期体制において、軌道に乗れなかった。結局ライブを一本も開催しないまま、西暦2000年3月にグループ解体(解散)を発表した。同年6月9日に、CDアルバム「BEST OF WANDS HISTORY」、最初にして最後のVHS作品「BEST OF WANDS VIDEO HISTORY」をリリースした。8月1日には、VHS作品をDVDとして再販している。振り返ると、1991年12月のデビューから、西暦2000年3月の解散まで、8年3ヶ月、3期体制まで跨ったグループは、メンバー3人総入れ替えした。ファンの前から長く姿を消した影響からか、惜しまれることなく、静かに舞台から身を引いたのである。上杉昇と柴崎浩からなるロックユニットal.ni.coの方も、表舞台に立つことなく、活動は岐路に立たされた。西暦2001年に柴崎浩が、異なる道を進みたいと相棒の上杉昇に打ち明けた。上杉昇は、ユニット解消に同意した。彼はソロ活動をする。
平成の終りから、活動を終了したバンドの再結成が進む中、WANDSの復活プロジェクトも着々と動いていた。2018年から水面下で再結成の話が進んでいた。第1期と2期のギターリスト柴崎浩と第1期のキーボードリスト大島こうすけが、プロデューサーの長戸大幸氏の同意を得て、活動再開のタイミングをうかがう。新たに、長戸大幸氏が抜擢したグループ3代目のヴォーカリストである上原大史を迎え入れ、レコーディングを開始した。後に当時を4期体制としている。大島こうへいは裏方に回り、代わりとして第2期と3期に所属した木村真也がメンバーに入った。2019年11月13日に第5期体制として再始動を発表すると同時に、2020年1月31日にリリースする予定の「真っ赤なLip」のサビの一場面を歌う映像が公開された。作曲者は再結成にこぎつけた大島こうへいだった。11月17日(日)には、堂島リヴァーフォーラムにて、B-ZONEグループが主催したフリーイベント「DFT presents 音都 ONTO vol.6」にて、大トリを勤めた。「世界が終るまで」を始め、4曲を披露している。世代に問わず、再注目を浴びたWANDSは、思わぬ事態に直面する。2020年春先に未知の新型コロナウィルスの流入に伴い、計画していたライブの開催を見合わせた。2020年秋、新たに小さなスタジオにて、無観客生配信ライブを行った。政府が経済活動とコロナ対策の両立を図った2021年秋に、有観客でのライブ日程を組み、順調に進めてきた。ところが、再度不測の事態に見舞われる。ヴォーカルの上原大史のコロナ感染により、土壇場で中止をせざるを得なかった。
2022年秋に、グループとして27年振りとなるライブ,
3箇所3公演をようやく実現した。翌2023年にも、前年と同じ2000人規模のライブハウスで6箇所6公演行い、集客力に手ごたえを感じる。2024年は,愛知県、大阪府での公演に続き、7月8日(月)、最終公演として、収容人数8000人規模の有明ガーデンシアターで開催した。翌2025年1月22日、ライブの模様を収録したブルーレイ作品「WANDS LIVE TOUR 2024 〜BOLD〜」の発売が決定した。
写真 掲載元 TOWER RECOA
https://tower.jp/article/feature_item/2024/10/16/0705
早くも2024年9月に、翌2025年のツアー日程が発表され、9都市9公演、最終日となる5月30日(金)はガーデンシアターで行う。メンバーが相次いで変更した経緯があるグループは、5期体制になって以降順調にはいかなかった。2021年4月24日以降、キーボードリストの木村真也が病気のために療養に入ったのである。ジャケット撮影時を除いて、姿を見せていない。当面ヴォーカリストとギターリストによる2人体制でライブやメディアでの活動を続けていく。
第3章 ZARDのデビュー30周年企画と平行したSARD UNDER GROUNDの活動、
さて、公式サイトで発表されたZARDのデビュー30周年企画は、コロナ禍の2020年から始まった。デビュー29年目となる2月10日に、8cmシングルとしてリリースされた30タイトルを、12cmシングルとして再発売した。最新の編集技術を駆使して、全曲リマスタリングすることにより、聴き心地がよくなったと、ファンから公表だった。
デビュー30周年となる2021年に9月15日に、1st ALBUM「Good-bye My Loneliness」から11th ALBUM「君とのDistance」まで、再リリースした。当時デビュー10周年を記念した9thアルバム「時の翼」は、新たにバンド演奏により、再録されている。
フィルムコンサートの形では、デビュー30年の記念日となる2021年2月10日、東京国際フォーラムにて開催した。当時はコロナウィルス対策として、政府による2度目の緊急事態宣言が発令されていた。ライブの開催用件としては、収容人数50%未満、上限5000人である。会場の受付時、検温が義務付けられていた。来場者から感染が発覚した場合に備え、入場者は、チケットの半券にて、連絡先の記入を求められた。主催者側は、数々の制約を踏まえて、無観客での開催を決める。ライブの模様は、オンラインにて生配信された。有観客ライブは、翌2022年に実現し、2月4日(金)にグランキューブ大阪で、2月10日(木)に東京都有明ガーデンシアターで開催された。事務所側から、有観客の2daysライブにて、デビュー30周年企画は終了とアナウンスされている。引き続きファンの要望にこたえるべく、同年6月10日(金)〜6月12日(日)に大阪府堂島リヴァーフォーラムにて、初めてZARD MUSIUMを開催する。集客力にも手ごたえがあり、首都圏での開催要望も強く、事務所側も動き出した。同2022年9月16日(金)から10月23日(日)まで、3部構成へと規模を拡大して、東京六本木の港区B-ZONEのスタジオで開催する。第3部となる後期展示{プライベートラボ}では、彼女がノートに書き溜めた自作の詞やミュージックヴィデオの撮影で着用した衣装が公開されていた。ロケで海外を訪れた際に使用したフィルムカメラが、ガラスケースの中に展示されている。秦野市立西中学校の陸上競技部時代の表彰状、また入選した絵画作品も壁に立てかけられていた。来園者達は、物静かで、感性が豊かだった坂井泉水の一面を垣間見ることができた。
写真=展示品、生前書き上げた油絵 掲載元 ガールズバンドどっとねっと
https://cancam-model.net/sakaiizumi-youshi-12707
さて、ZARDのトリビュートバンドとして世に送り出されたSARD UNDER GROUDは、WANDSよりも速くから準備を進めた分、コロナ禍による活動の障害は最小限にとどまった。WANDSが再始動を発表したタイミングとなる2019年11月19日には、東京都の新宿Renyにて、ワンマンライブを行っている。デビュー2年目の2月10日、1stシングル「少しずつ 少しづつ・・・」の発売に向けて、リリース記念イベントを行い、毎回訪れるファンとはすっかり顔なじみになった。2020年11月には、東京で1公演、大阪で1公演2部制、計2日間3公演の有観客ライブを行った。
デビュー3年目の2021年5月28日に体調不良により、ギターリストの脱退が発表され、3人グループで音楽活動を続ける。2022年以降は、レコードショップを中心に巡るリリース記念イベントを再開して、デビュー時以来の固定ファンを呼び戻し、新規ファンとも初対面した。デビュー5周年を迎える2024年、集客力を見込み、過去東京都と大阪府で、年に1回、1度づつ行ったツアー規模拡大に踏み切った。新たに9月7日(土)福岡県福岡市、9月14日(土)宮城県仙台市、9月22日(金)愛知県名古屋市のライブハウスが会場に加わった。東京都は9月16日(月・祝)に行うZepp Divercity、5会場のうち3公演目になる。ファイナルは9月22日(日)のZepp Osaka Baysideだった。計全国5都市5場所、チケットは全てSOLD OUTを達成した。次の2025年は、更なる飛躍が期待された中、大きな変化を迎える。ベーシストとキーボードリストがグループから抜け、神野友亜のソロ・プロジェクトに移行することが明かされた。
ファンの間でも、ソロプロジェクト移行は予想外だった。デビュー5周年の9月18日に、メンバー3人は、You tube生配信を通して、バースデーケーキを前に、カメラの前で微笑んでいた。
写真 掲載元 神野友亜 9月16日付 オフィシャルxより
事務所側は、グループ活動の総決算といえる2枚組みのブルーレイディスク作品をリリースする。発売は12月18日、タイトル名「Film Collection 2019 - 2024 Music & History」、ディスク1には、過去に発表したミュージックヴィデオ29曲が収録されている。ディスク2は、60分に渡るオフショットである。オフィシャルホームページから11月8日に、作品のジャケットと共に、店舗別購入者特典が発表された。その一店舗Musingでは、3人時代のメンバー・サイン入りA5カードが用意されていた。
写真=オフィシャルサイトより公開されたジャケット 掲載元アドレス
https://sard-underground.jp/news/20240918.html
SNSのX(旧ツィッター)上では、今なお、9月30日付けでグループの活動を終了した2人の帰還を待ちわびる声が寄せられている。キーボードリストの坂本ひろ美は、グループ時代からのX上のポストを引き継ぎ、新たなアドレスで、10月以降も発信している。彼女はピアノを弾くことを続けていると報告していた。一方で、ベーシストの杉岡泉美は、グループの一員として迎える最後の9月30日に、ファンに向けて、感謝の意思と共に、幸せを目指すと誓い、お別れした。10月以降、全く更新はない。既にSARD UNDER GROUNDのスタッフは、ヴォーカルの神野友亜のソロ・プロジェクトへの移行を進めている。12月23日(月)に東京都有楽町ヒューリックホールで、12月28日(土)には兵庫県神戸市朝日ホールでファンクラブイベントを開催する。
最終第4章 坂井泉水の故郷神奈川県秦野市内で後世へ伝える取り組み WANDSの歴代ヴォーカルの現在(いま)
坂井泉水の功績は、故郷である秦野市内にも残されていた。市内を走る小田急線「渋沢駅」、北口と南口のバスロータリーに、それぞれ駅メロ採用を記念したプレートが設置されている。上り方面は「負けないで」、下り方面は「揺れる想い」のオルゴールメロディーが流れる。2014年12月23日、当時の平成天皇誕生日の始発から、列車の接近時と発車時に、プラットホームに設置されたベルからメロディーが鳴った。秦野市側も2015年の市制定60周年記念の一環だと、情報発信していた。
地元の渋沢駅前商工会は、駅メロに採用された記念としての取り組みを継続する。毎年11月23日、勤労感謝の日に開催される「えびす溝祭」では、ZARDの意思を継ぐアーティストらによる駅メロライブのステージを提供した。舞台は南口のバスロータリーからやや外れた商店街前、周辺の住民達に配慮し、楽器はアコスティックが基本である。
写真= 2023年6月18日(日)に撮影 渋沢南口のプレート(撮影:著者)
坂井泉水がこの世を去って17年半が経過した。共に一時代を築いたWANDSは、ヴィジュアル系バンド出身のヴォーカル、上原大史効果により、若い女性を中心にファンを獲得している。グループの全盛期を知る1期と2期のヴォーカルを努めた上杉昇は、ビジネス的な視点に立たず、やりたい音楽を追求した。ソロになって以降、自作の曲を小さなライブハウスを借りて、ファンの前で披露している。2006年に一時的に猫騙と名づけたバンドを結成したものの、継続的な活動はなく、原則一人でステージに立っている。彼は、WANDSに所属した時代を「アイドル」と表現していた。確かにCDは爆発的に売れ、作詞家としても評価を高めた。当時、型にはめられ、自由がなかったのである。第5期として再始動したWANDSを「応援している」と週プレNEWSのインタビューで語った。一方で第3期のヴォーカルを努めた松元治郎(グループ所属時代は和久次郎)は、加入時プレッシャーがあったと明かした。西暦2000年3月に事務所側からプロジェクト終了を意味する「解体」と告げられた際は、肩の荷が下りたという。彼は、その後バーのオーナーを勤めながらソロで音楽活動をしていた。2021年FRIDAYのインタビューによると、現在会社員として働いていると報告している。
写真=松元治郎氏 2021年2月15日付 FRIDAY インタビュー時
https://friday.kodansha.co.jp/article/161877?page=1
ZARDの坂井泉水は、歴代WANDSの二人のヴォーカルのようにとことん自分の世界を追及した。彼女が歌詞のテーマに取り上げたのは、平成に生きる昭和の強い女だった。z世代の立場に立つと、昭和とは対照的に、物心がついた頃から、「不況」の言葉が染み付いていた。坂井泉水の歌詞を通して、青春を謳歌する昭和の若者の姿に共感していた。事務所から発表されたデビュー35周年企画は、ファンから大いに期待されている。
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