精神疾患の原因解明が難しい理由は、そもそも脳の認知の仕組みがよく分かっていないからでしょう。神経回路の配線の変化によってどんな症状が現れるのかということも、脳の認知の仕組みに基づいて考える必要があることでしょう。
痛みや恐怖がどのようにして生まれるのか、痛みを司る物質があるのか、それとも痛みの神経細胞があるのか、痛みの回路が存在するのかなどが分かっていないため、今やっとその研究のスタート地点に立った段階だといいます。
脳が何かを認知するときの情報の流れには、ボトムアップとトップダウンの二つの方向があります。目や耳などの末梢感覚器官でとらえた情報が脳へ入力され処理される流れが、ボトムアップです。
前頭前野などの高次脳部位で経験や記憶によって見たものが何かを予測したり、「これを見たい」といった関心を向けたり、手足に運動の指令を出したりする情報の流れが、トップダウンです。脳が何かを認知する過程では、ボトムアップとトップダウンの情報を統合するという説が注目されています。
五感から同じボトムアップ情報が脳に届いても、トップダウン情報によって認識の内容が変わってしまいます。いくつか例を挙げてみると、まず、脇の下をくすぐる例です。脇の下を他人が触った場合はくすぐったく感じ、自分がくすぐった場合にはくすぐったくありません。
自分の場合には、手を動かす運動指令のトップダウン情報によって、体性感覚野における活動、つまり触覚のボトムアップ情報が抑えられるからだと考えられます。もし触覚情報を処理する体性感覚野と手を動かす運動指令を出す運動野を結ぶ脳内配線が切れていたら、自分で脇の下を触ってもくすぐったく感じるでしょう。
物を手でつかむ場合にも、手を動かす運動指令のトップダウン情報と、物をつかんだ触覚のボトムアップ情報を統合することで、つかんだ物の形や硬さを正しく認識することができます。両方の情報を統合しないと、卵をつかもうとしたとき、強く握りすぎて割ってしまうでしょう。
神経回路の配線が正常でも、トップダウンの予測の間違いが原因で、さまざまな認知のエラーが起きます。錯視がその例です。さまざまな模様や物体を顔に見間違えてしまうことがあります。それは、人の顔を識別して表情を読み取ることは、生きていく上で大変に重要なので、脳にある記憶の中で顔に関する情報量が最も多く、関心が強いためです。
「これは顔だろう」という間違った予測が生成されやすく、そのトップダウン情報がボトムアップ情報と統合されて、単なる模様も顔に見えてしまうのでしょう。これは、ある種、ヒトが生きていく上で重要な認知機能ですが、もし、なんでもヒトの顔に見えると怖くて外を歩けないのではないでしょうか。
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