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2024年09月25日05:02

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新技術が伝来すると

日本では、538年に百済から仏教が伝来したといわれます。この時代の仏教とは教えではなく、最新の技術体系であると考えてください。仏教を信じようとすれば、お寺を建てたり、仏像や仏具をつくったりしなければなりませんし、経典も要ります。

これは1つの技術体系です。しかし、どんな国でも、最新の技術体系をそう簡単にほかの国に教えたりはしません。今の日本はアメリカから戦闘機を買っていますが、戦闘機の心臓部がどうできているかはブラックボックスで、教えてもらえません。

どうして百済は、日本に最新の技術体系を教えてくれたのでしょうか。当時の百済は、隣国の高句麗や新羅に押され、国が滅ぶかどうかの瀬戸際にありました。538年というのは、百済が新羅から逃れるように遷都した年です。

「兵隊を送ってくれ。何でも教えてやるから」というのが百済の本音でした。仏教という技術体系は、朝鮮や日本だけでなく、ベトナムなどにも伝えられました。新しい技術や思想が伝わると、守旧派との間で必ず争いが起こります。

日本でいえば、仏教を受け入れようとする蘇我氏に、物部氏が抵抗した丁未の乱です。しかし、どの国でも仏教を受け入れる方が圧勝しています。要するに、ゼネコンが喜ぶからです。仏教を受け入れれば、お寺を建てたり、仏像をつくったりするので、工事の仕事がたくさん舞い込みます。守旧派についても、仕事はきません。

経済合理性を考えたら勝負の結果はすぐにわかります。中国では、581年に隋が建国されました。長らく南北に分かれていた中国が統一されます。これは地球が再び温暖化したからです。暖かくなれば穀物がたくさん収穫できて兵糧を確保できて、大軍を動かせるようになります。だから、国々が統一され、大国の時代になります。

寒くなるとその逆で、分裂の時代になります。隋のような大帝国の誕生は、周辺諸国にとっては大事件です。朝鮮や日本は、難しい立場に立たされます。それまで分裂していた南北の双方に朝貢したりして、中国の動静に気を配っていた国々です。

では、隋には、どう出るか。かわいいポチになるのか、頑張って自立した国家を目指すのか。選択を迫られます。日本は遅ればせながら600年に遣隋使を出して、様子を見にいきました。そこで大帝国のあまりの立派さに仰天して、「これは、国を固めなければならない」となりました。

それで冠位十二階や十七条憲法の原型をつくります。日本では長らく聖徳太子がつくったといわれてきましたが、おそらく蘇我馬子でしょう。聖徳太子という人は実在しなかったと考えられます。実在したのは、皇族の厩戸皇子という人でした。

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