1989年6月4日、北京市の天安門広場で民主化を求める学生を中心にしたデモ隊に対し��小平は戒厳令を布告し、軍隊による銃撃で弾圧しました。この天安門事件は、世界の人々の記憶に残る出来事になりました。
中国政府の公表する犠牲者は319人、実際は数万人を超えるという説もあります。��小平は相次ぐ政争を生き抜き、1978年に中国の最高指導者になります。��小平は改革開放政策を掲げ、中国をリードしてきました。
改革とは党運営の民主化、開放とは市場の開放でした。しかし、党運営の民主化は社会主義を否定し、民主主義に乗り換えるようなエネルギーを持ち始めました。ソ連邦が崩壊に向けて動揺しているのと同じようなことが中国でも起きるのではないかと、深刻な不安と葛藤し、��小平は社会主義を守る決断をしたのです。天安門事件は激しい批判を浴びます。
外国の勢力だけでなく、中国の民衆の心も��小平から離れていきます。��小平はもう一つの決断をします。それは市場開放政策の加速です。民衆の不満を解消する方法は民衆を豊かにするしかない、そのように考えたのです。
広東省の深圳、福建省の厦門などの経済特区のさらなる開放と同時に、世界の企業を中国に誘致する政策を強力に展開します。外国の企業を招き、彼らの成功が中国への技術移転を促進し、中国人と中国の企業を育てるという好循環の連鎖のシステムをつくりあげるのです。
こうした努力の結果、2000年代に入ると中国は爆速の成長を実現し、2010年に一気に日本を抜き去り、米国に次ぐ世界2位の経済大国の地位を築くことになります。こうした中国市場の発展をいち早く洞察した企業は多くはありませんでした。
日本企業の多くは中国を市場として見るのではなく、賃金が安い生産の拠点という狭い見方をしていました。中国の発展はアジア諸国の発展につながっていきます。 マレーシア、タイ、インドネシア、そしてインドといった新しい市場の誕生を自社の成長に活かした日本企業は、多くはありません。
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