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2024年03月10日15:20

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【隠された物語】『ショーン、再生の夏』

 
映画『コット、はじまりの夏』は、尊い名作だった。

 感想日記
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個人的に、2024年ベスト3作品に入りそうな予感。
第95回アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートされていた。

監督のコルム・バレードはアイルランド人。
ドキュメンタリー作品を中心に子どもの視点や家族の絆を描いてきた人で、
本作は彼の長編劇映画初監督・脚本作品。

その繊細な観察眼と、静かで「嘘のない」表現は、彼が長年培ってきた経験の賜物だ。

本作は一貫して「9歳の少女の視点」で描かれている。ちょっと特殊だ。
また、ハリウッド映画と違い「すべてを分かりやすく説明するスタイル」ではない。
昨年末に観たトラン・アン・ユン監督作『ポトフ 美食家と料理人』と少し似ている。

 【Belle Époque】映画『ポトフ 美食家と料理人』
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こういった作品を万人が深く理解することは難しい。



『コット、はじまりの夏』の感想を書いた後、ふと疑問が湧いてきた。
ラストはなぜ「Daddy !」だったのか?と。

数珠繋ぎに疑問が湧いてきた。「コットに見えていないこと」はたくさんあった。



なぜ、アイリンは、コットの母親に「子供を1人預かる」と提案してきたのか。
(手紙を送ってきたのは母親の従姉妹であるアイリン。ショーンではない)

なぜ、家に来たコットに、ショーンは当初、冷淡な態度をとっていたのか。
(彼はコットをろくに見ようともしなかった)
(アイリンに頼まれても、コットをなかなか牧場へ連れて行かなかった)

なぜ、ショーンは牛舎でコットを見つけた瞬間、激しく叱責したのか。
(冷淡にしていた割に、彼はパニックになるほどコットを心配していた)
(アイリンは消えたコットを見つけた時、彼ほどパニックではなかった)

なぜ、ショーンは「テーブルにクリームビスケットを置いた」のか。
(彼はとても気難しそうな人だったのに、自分から折れて子供に歩み寄った)

なぜ、ショーンは妻に「コットに女の子らしい服を買ってやれ」と言ったのか。
(おしゃれに気を使うタイプではなさそうなのに)

なぜ、ショーンは当初冷たくしていたコットを非常に可愛がるようになったか。
(町で、コットに高額の小遣いを渡したのは「甘やかすため」と言った等)

なぜ、ショーンはコットを夜の浜辺へ連れて行ったのか。
なぜ、浜辺でコットに「辛い時は何も話さなくていい」と教えたのか。

なぜ、走って車に追いついたコットは「ダディ!」と叫んだのか。
(最初は存在が希薄だったショーンが主、アイリンが脇になったのには意味がある)



全体を俯瞰して私はひらめいた。 本作の裏テーマは「ショーンの再生」だ!と。

以下、私の推測を交えてコットの物語を読み直し、大人の視点で再構築してみた。
「映画に描かれていない物語」は、おそらくこうだったのでは…。




ショーンは元々、子供好きで思いやり深い人間だった。
彼は一人息子をとても可愛がっていた。優しい妻との関係もうまくいっていた。

ところが、ある日(そんなに昔ではない)、不幸な事故が起きてしまう。
牧場にある「堆肥製造施設(スラリーストア)」に、息子が落ちて死んだのだ。

字幕では「肥溜め」と書かれていたが、スラリーストアは「トットちゃんが財布を探していた便槽」や「『せかいのおきく』に出てきた畑の穴」とはスケールが違う。

 スラリーストアの写真 https://www.obihiro.ac.jp/facility/fcasa/field18

ショーンを襲ったのは「最愛の息子を突然失った悲しみ」だけではない。
彼は激しい自責の念に駆られた。息子を牧場に連れて行ったのは自分だったから。
息子の死のショックが強過ぎて、妻は髪が一晩で真っ白になってしまった。
何もかも、自分のせいだーー。ショーンは別人のように塞ぎ込み「時が止まった」。



妻のアイリンは比較的早く喪失から立ち直れた。彼女は夫の様子をとても心配した。
それで、夫が悲劇から立ち直れるきっかけを作れないかと模索していた。

そんな時。アイリンは従姉妹が6人目の子供を妊娠しているのを知った。
放蕩な夫のせいで彼女の暮らしがとても苦しいことは、以前から承知していた。
そこで、アイリンは従姉妹に手紙を書いた。「夏の間、子供を1人預かる」と。
子供を1人しか持ったことがなかったので、全員の面倒を見る自信はなかった。
上の子達はもう手がかからない歳だし、1人でも預かれば従姉妹は助かるだろう。
キンセラ家も「子供がいる生活」「3人暮らし」になれば良い変化があるかも…。
これはどちらの家にとっても良いアイデア。親切なアイリンはそう思った。
ショーンは気が進まない様子だったが、アイリンは「人助けだから」と説き伏せた。


果たして、従姉妹は提案に乗った。従姉妹の夫がコットを連れてきた。
コットは昔会ったことがある子だった。大きくなっていたがとても暗い表情だった。
彼女の服や靴は汚れていた。親がろくに面倒を見ていないことは明白だった。

コットの父親は、感謝の言葉もなく、子供も顧みず、食事の皿にタバコを押し付けた。
そして、コットの着替えも置いていかず、土産だけ受け取って無愛想に立ち去った。
(コット、可哀想に…)と同情したアイリンは、努めて明るくコットに接した。

「秘密がある家は良くない家よ。うちに秘密はないわ」とコットに言いながら、
アイリンは綺麗な家の中を案内して隅々まで見せていく。この言葉は伏線。


他方、ショーンは心を閉ざしていた。アイリンが声をかけてもコットを見なかった。
よその子に愛想よくする心の余裕はなかった。愛想は息子への裏切りな気もした。
子供の姿を見ると息子のことを思い出してしまう辛さもあった。だから無視した。
アイリンはショーンの頑なな様子を見て、ゆっくり時間をかけていこうと思った。



アイリンが頼んでも、ショーンはコットをなかなか牧場へ連れて行かなかった。
彼は牧場に「子供を連れていく」のが怖かった。息子を死なせた現場だから。
とはいえ、アイリンが毎日頼むので、不承不承コットを連れていくことにした。

ショーンは彼女に余所余所しくした。大人しいコットは作業を邪魔しなかった。
だから、彼はつい油断してしまった。

ふと気づくと、コットの姿はなかった。どこへ行った? 最悪の事態が頭をよぎる。
ショーンは必死でコットを探した。どこだ?無事でいてくれ! パニックになった。
息子を失ったあの日の衝撃がまざまざと蘇ってきて、胸が張り裂けそうになった。
コットが消えたのは、冷たくしていた自分のせいだと思った。彼は激しく後悔した。

やがて、少し離れた物置で、ショーンは彼女を見つけた。思わず感情が爆発した。
「そばにいなさい!」と激しく怒鳴りつけてしまった。怯えた彼女は逃げ出した。

これは子供を育てたことがある人ならば、誰しもが経験していることだ。
外で「ちょっと目を離した隙に」子供が消える。必死に探し回っても見つからない。
なぜいないんだという焦り、最悪の事態を想像してしまう恐怖。死ぬほど心配する。
そして、子供が無事で見つかった瞬間、心配で極限状態だった親ほど爆発する。
「勝手にそばを離れるんじゃないっ!」と、思わず子供を怒鳴りつけてしまう。
落ち着いてからでないと、「本当に心配したんだよ…」と本音を伝えられない。

逆に、「それほどパニックでない状態」なら、子供を諭したり、労ったりできる。
水場に落ちたコットを見つけた時のアイリンはそうだった。
家の周りに危険はないから、彼女はそこまで追い詰められた心理状態でなかった。
(もし、「息子が水場で死んだ」のなら、アイリンはパニックだったと思う)



2人は気まずいまま帰宅したが、ショーンの気持ちは変化していた。
コットは親にネグレクトされていた可哀想な子だと、アイリンから聞いていたのに。
まだ幼い彼女に優しくしてやれなかった自分は実に大人気ないと、彼は反省した。
それで、コットと仲直りしようと思った。
彼は初めて、「コットときちんと向き合おう」と決心したのだ。

元より子供好きなショーンだ。子供との上手な関わりはお手のもの。
彼は、コットがいるダイニングテーブルの端に、ちょこんとビスケットを置いた。
あえて何も言わなかった。照れ臭かったから。

コットは、ショーンが置いたビスケットを見て「仲直りのサイン」だと悟った。
過酷な生育環境で力が埋もれていたが、本来の彼女は素直で賢い子だった。

ほどなく、2人は仲良く牧場で働くようになった。
コットは熱心にお手伝いをした。口数の少ない2人は波長が合っていた。
子牛にミルクをやる体験をさせてやると、コットは顔を輝かせた。
牧場への道すがら、郵便受けまで全力疾走するゲームもコットの心を解放した。
(運動は心をのびやかにする) ショーンはコットをいっぱい褒めた。

大人に見守られて安心できる環境下での体験は、コットを劇的に成長させていた。
(まさに児童心理学のセオリー通り)
彼女は「子牛はお母さんから乳をもらい、人間が人工ミルクを飲むべき」と言った。
「自分の意見」をコットが初めて主張した。優しい思いやりから出た言葉だった。

めきめき成長するコットと関わることで、ショーンも明るさを取り戻していった。
穏やかな日々の中で豊かな愛情が育まれていた。



ショーンはいつしか、コットが可愛くて仕方なくなった。

(女の子なのに、間に合わせの男児服を着せられていて可哀想だ)と感じた。
それで、アイリンに「日曜礼拝にこの服で連れていくのは…」と遠回しに伝えた。
(可愛らしい格好をしているコットが見たい)とは、照れ臭くて言えなかった。

3人で町へ行き、ショーンはコットに小遣いを与えた。
「アイスクリームでも買いなさい」
彼が渡した札を見たアイリンは(決してケチな女性ではないが)驚いた。
「ちょっと多すぎるんじゃないの?」
ショーンは満足げに言った。
「今日は甘やかすために連れてきたんだ」

ああ、男親の可愛がり方は万国共通だな!
気前よく大盤振る舞いして子供を喜ばせたいんだよね。男は良い格好しいだ。笑

アイリンは黄色と水色のワンピースをコットに見立てた。よく似合っていた。
ワンピースを着た可愛いコットを見て、ショーンはちょっと眩しそうだった。
穏やかで幸せな3人の時間が流れていた。



葬式の席で、知り合いがコットを見てショーンに言った。「無口な子だね」
(うちの可愛いコットはそこが良いんだ)と思うショーンは答えた。「賢いんだ」

葬式の帰り、アイリンは用事で呼ばれ、コットは近所の女と2人で帰宅することに。
善良なアイリンは親切ごかしの申し出に引っかかった。女の狙いはネタ探しだった。
噂好きの女は「キンセラ家の息子は肥溜めで溺死した」とコットに教えた。
(このオバハンの嫌な感じにも恐ろしくリアリテイがあった。万国共通か)

思いもよらぬ話に強い衝撃を受けたコットは、ショーン達に事の真偽を尋ねた。
2人は絶句。やっと悲しみから立ち直りかけていたのに…。心の傷がえぐれた。


その晩、ショーンはコットと2人で近くの海へ出かけた。
彼は多く語らなかったが、「辛い時は何も話さなくていい」とコットに教えた。
コットは黙って彼の言葉を受け止めていた。
彼女はまだ幼かったが、ショーンとアイリンの辛さを優しく思いやることができた。
それは彼女が「優しくされる」体験を積み重ねることで育んだ心の力だった。
波の音を聞く2人の心は、静かに通じ合っていた。



夏の終わり、コットの母親から娘を自宅に戻して欲しいと手紙が届いた。
「最初から決まっていたことだから仕方ない」と、そっけなく言うショーン。
しかし、ショーンも、アイリンも、コットも、本音は今の暮らしを続けたかった。

そんなある日、コットが水場に落ちて風邪を引いた。
夫婦がバタバタしていたため、気を利かせて水汲みを手伝おうとした時に起きた事故。
大事をとってコットを返す日を数日延期した。

送り届けたコットの実家は、陰気で汚く、殺伐としていた。父親は不在だった。
疲れ果てた様子の母親を気遣い、キンセラ夫妻が早々に暇乞いをしているところへ
父親が帰宅。相変わらず、娘が夏中お世話になったと礼ひとつ言わない無作法者だ。
コットは終始無言で、萎縮していた以前の姿に戻ったかのよう。
彼女は父親と共にキンセラ夫妻の車を見送った。

夫妻はとても寂しそうだった。
(もし、コットが「ずっとキンセラ夫妻と居たい」と言い出してくれたなら…)と、
夫妻は内心期待していた気がする。
立場上、自分たちからは言い出しにくかったし、コットの気持ちも尊重したかった。
だから、「またいつでも遊びにきてね」とコットに声掛けするのが精一杯だった。

後ろ髪を引かれる思いで長いアプローチを走り抜け、ゲートを閉めかけていた時、
ショーンは「脚の長い娘」と可愛がっていたコットが全力で走ってくる姿に気づいた。
思わず作業の手が止まった。コットが胸に飛び込んできた。「Daddy!」
その言葉だけで、彼女の思いは十分に伝わった。
愛おしさが溢れたショーンはコットを抱きしめた。コットも抱きしめ返した。
2人の絆が切れていなかったことに安堵したアイリンは、助手席で涙を拭っていた。

そこへ、父親が急に走り出したコットを追いかけてきた。2人を見て驚いている。
やってきた父親の姿を認めたコットは「Daddy!」とショーンにしがみついた。
不粋を承知で「念のため」説明すると、彼女はショーンに助けを求めたのだ。


ここで幕切れ。
それからコットがどうなったかは、観客の想像に委ねられている。


個人的には、キンセラ夫妻がコットを引き取り、3人仲良く暮らすことを期待。

身勝手な散財で金がないコットの父親は、好条件を引き出そうとゴネるかも。
それは「大人の問題」なので、ショーンが頑張るしかない。彼は頑張ると思う。




「明示がない物語」を観てどんな解釈をするかに、その人の生き様は表れる。

もちろん、どんな解釈をしようが個人の勝手だ。

ただ、それは「自分の内面を露呈する」行為だと意識する方が良いと思う。



【INDEX】映画/舞台 関連日記(4)2024〜
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