実家は坂の町長崎。
高校の時くらいまでは 我が家の周りは石段だらけ。
車なんか通れない細い道しかありませんでした。
(今は嘘みたいに道が開けてる!)
今回は40年前の火事のはなし。
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私が中学生の頃(たぶん中3)、我が家の斜め下にある8軒長屋(持ち主は祖父の要さん)が火事になりました。
私はその時、学校の教室にいました。
中学校のすぐそばにあるオランダ坂を消防車が何台も鐘を激しく鳴らしながら上っていく音を聞いて、どこが 火事なんだろう?なんか嫌だなぁと嫌な予感がしたのを覚えています。
学校が終わって帰宅すると、我が家に何十人も親戚やら知り合いやら大人の人が集まっていました。
ナンノコッチャ、びっくり(゚∀゚)。
火事で燃えたのは我が家の下の段にある祖父の持ち物(貸家、8軒長屋)。
家にうじゃうじゃいた人たちは、陣中見舞い(?!)に駆けつけた人たちでした。
子供の私には、みんなで集まって 飲み食いしてるにしか見えませんでしたが。
森川のおばさんが帰ってきた 私に向かって、「あっこちゃん、残念だけど(泣)、端っこのあっこちゃんの部屋だけ、燃えちゃったよ

」
えっ!?
(゚∀゚)
私は恐る恐る 階段を登って自分の部屋を見に行きました。
おばさんの発言は冗談でした。
私の部屋は変わりなく そこにありました。
心からほっとしたのを覚えています。
原因は借主の1人、高齢男性(生活保護受給者)のタバコの日の不始末。
ふるーい8軒長屋で住民はその男性一人(逃げてて無事だった)。
消防車も入らない場所のため、消火活動も大変。
海星高校のところから細い通路を住民も加わりバケツリレーしたと聞いています。
出火当時 風は東向きでした。
燃えたのはその長屋と東側にあった家、三軒。
私の実家は西側にありました。
もし 風が逆方向に吹いていたら、我が家も全焼したかもしれません。
ここで 要さん(祖父)の エピソード。
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風来坊の要さん。
いつものようにふらふらとどこかへ 飲みに出かけておりました。
火事が起こり、町中が大騒ぎになったので要さんも 一旦家のそばまで帰ってきたそうです。
「要さんが燃えている家を上の段から見ていたよ」という近所の人の目撃証言あり
で、しばらくそこに佇んでいた要さん、
何を思ったのでしょう。
その後、どこかへ行ってしまいました。
火事の知らせを受け、急遽勤務先から帰宅した父は、消防隊に、家の間取りやら誰が何人住んでいたのか、詳しい聞き取り調査を受けました。
(長屋は全焼)
でも、長屋のことを知っているのは、持ち主の要さんのみ。
父は、貸家の中がどうなっているのやら、どんな人が何人住んでいるのやら、連絡先などもよく知りません。
消防に聞かれても何も答えられず、とても困ったそうです。
要さんはどこ???
それから何時間も経って・・・
要さんは、夜にひょっこり帰宅したそうです。
「こんな大事なときに、肝心のあんたはどこに行ってたんだ!!!」と親戚中に非難轟々だったそうです。
さすが、要さん!!!
(ちなみにもと警察官(笑))
ついでに・・
父によると、火を出した男性(借主)は、その日からは、どこかに住む娘さんところに避難したらしい。
そして、なんとそれっきり、姿を見せなかったそうです。
謝罪も何もなかったらしい。
なんてこと(・_・;)
その後、燃えた家の片付け(解体)やらいろんな手続き、後処理など一切を取り仕切ったのは・・・父でございます。
だって、風来坊の要さんがやるわけないもんね。(笑)
※風来坊の要さんエピソードその1はこちら。
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2023年12月31日の日記
「要さんの話」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986654486&owner_id=4792539
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