7月から何も書いてなかった。
じっさい大したことはしていなかった。
試験があって、科目登録があり、新しい履修科目の勉強をしていた。
面接授業のために西洋哲学史やトーマス・マンの「魔の山」を読んでいた。
ようするに読書と勉強だ。
あとそれから認定心理士の資格を取った。
放送大学の2度目の卒業をした。
特記すべき事項は富士山に登ったこと。
この夏のいちばん大きなイベントだった。
村山古道という最古の富士登山道がある。
田子の浦海岸から街と森を抜け、途中で富士宮登山道と合流する。
日本一標高差のあるルートだ。
昭和の初めまで富士修験道の人たちが修行のために登っていた。
10年ほど前に篤志家たちによって道が整備されて復活した。
京都に聖護院という寺がある。
山伏の総本山だ。
ここの山伏さんの先達により修行登山が行われたので参加したのだ。
8月19日(土)
名古屋から普通列車を乗り継いで静岡県の吉原へ行く。
JR東海の管轄内だからカードでピッピッと行ける。
吉原駅の近くのビジネス旅館・鈴清へチェックインする。
修行に前泊する人たちが20人ほどここに泊まる。
食堂の夕食は海鮮丼だった。
8月20日(日)
8時、宿の近くの妙法寺前で当日から参加する人たちと合流する。
列をなして田子の浦の鈴川海岸へ行く。
山伏さんたちは海に入って水垢離をする。
私もズボンを脱いで膝まで水に浸かった。
海岸近くの富士塚へ行く。
ここが富士登山の登山口だ。
地元の人達が出迎えてくれる。
山伏さんたちはご祈願のお経を唱える。
ここから先も要所ごとに立ち止まりお経を上げた。
休憩になってちょうどいいけど時間がかかる修行だ。
最初の立ち止まり先は左富士神社だった。
2年前の東海道踏破のときに立ち寄った。
やはり地元の人が集まっていてお茶やアイスクリームのお接待をしていただいた。
旧東海道に沿って吉原の商店街を通り抜ける。
本通りの裏の日吉浅間神社で昼食。
うな重だった。
街なかを歩いていき広見公園に到着する。
このあたりからコンビニもなくなり田舎になってくる。
途中の集落などでもお接待を受ける。
とくにスイカが多かった。
最初のうちは欲張って食べていたけど、だんだんお腹いっぱいになってきた。
でも、この日も35度を超える猛暑日だ。
とてもありがたかった。
日が暮れたころ、村山大日堂に到着。
堂内でお経を上げる。
標高はやっと500メートルだ。
すぐ隣が今夜の宿泊場所だ。
村山ジャンボといって学生の合宿所のようなところだった。
大広間で雑魚寝をする。
8月21日(月)
この日が村山古道でいちばん景色も美しく、気持ちのいい山歩きだった。
でも文章にすると大したことがない。
ただ森の中を歩いていたからだ。
夜明け前に出発する。
民家が途切れ、登山道になっていく。
途中で富士山スカイラインを2度横断する。
それぞれの横断場所ではお接待が待っている。
食料や水を補給できる。
富士山麓の森の中には修験の遺跡がいくつか残っている。
それらの場所で山伏さんたちは丁寧にお経を上げる。
私をはじめ宗教に興味がなく、ただ山登りに来ただけの人たちはその間じゅうボーっとしているか、その辺をうろついている。
夕暮れが迫るころ森林限界を超えた。
富士宮口5合目駐車場への分岐点からもう少し登る。
新六合目宝永山荘に到着する。
今夜はここの山小屋で宿泊。
あいかわらず富士山の山小屋の夕食はレトルトカレーライスだった。
前日の昼食の鰻重とえらい違いだ。
8月22日(火)
今日も夜明けに出発する。
富士宮登山道をひたすら登っていく。
8合目の小屋では冷たい麦茶のお接待があった。
事情を知らない行きずりの登山者ももらっていた。
昼過ぎに富士宮頂上へ到着する。
奥宮の裏に公衆トイレがあり、そのすぐ前に廃仏毀釈で首を切られた石のお地蔵さんがいくつか並んでいる。
何度も富士登山しているが気がつかなかった。
ここで山伏さんたちは護摩を焚いてお経を上げた。
今回でいちばん大きなお祈りだ。
山伏さんたちのお経が終わって片付けをしていた。
待っているのも面倒だから先に剣ヶ峰に登った。
標高3776メートルだ。
やはり海から登ると感動も大きい。
山伏さんたちが登ってきた。
合流してお鉢めぐりをする。
吉田頂上で休憩して御殿場口登山道を下山する。
大砂走りを快調に下り5合目の大石茶屋に到着。
走ってきたのでいちばん早く着いた。
今夜も夕食はレトルトカレーライス。
8月23日(水)
6時、夜が明けてから大石茶屋を出発する。
といっても駐車場まで歩いて10分ほどだ。
マイクロバスが迎えに来ている。
昔の富士修験者たちは富士登山のあと麓の村を巡っていた。
歓待を受けながら寺社仏閣でお経を上げていたそうだ。
今日はバスに乗ってそれらの遺跡をたどる。
全部で20箇所ほど行った。
どれがどういうところなのかよくわからない。
森の茂みの中のお地蔵さんもあれば、立派な須山浅間神社もある。
住宅地の駐車場の隅の祠にも行った。
銚子口の滝という大きな滝にも行った。
バスに乗り、降りてまた乗る。
お昼ごはんは松屋の牛丼だった。
飽きてきたころ三嶋大社に着いた。
ここが最後だ。
駐車場から隊列を組んで気合を入れて歩く。
本堂の前でお経を上げる。
山伏さんたちのお経はよくわからんけど、般若心経も唱えられる。
神社で般若心経というのも変だけど、江戸時代までの神仏習合までは区別なく読経されていたそうだ。
それに三島大社を含め、今では神社になっているところもほとんどがお寺だった。
浅間神社も大日寺というお寺だったし、三島大社も三島明神というお寺か神社かよく分からんものだった。
三嶋大社本堂前での読経が済んで満行になった。
4日間の修行が終わる。
バスで三島駅まで乗せて行ってもらう。
駅前のホテルにチェックインする。
8月24日(木)
帰りも普通列車だ。
豊橋で名鉄に乗り換えるときにお昼ごはんを食べた。
来週からまた遠出が始まる。
こんどは帰ってきてからすぐに日記を書く予定。
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