mixiユーザー(id:1417947)

2023年09月16日19:04

63 view

恩師・・・

 昨日の下野新聞の訃報欄に、
 僕が中学の時に国語を教えてくれた先生のお名前がありました。
 少し前、いつだったかたキチンと記憶していませんが、
 中学の時に数学を教えてくれた先生の訃報もありました。
 続けて、お二人の恩師が亡くなった事になります。
 中学の時、3年間担任だった女性の先生は、2010年4月に亡くなっています。
 国語の先生も数学の先生も、3年間教わったような記憶です。
 お二人とも、中学を卒業して以来、お会いしていないような気がします。
 それぞれ、中学の校長になって退職されたようで、
 訃報の肩書欄に、各中学校の名前が書いてありました。
 お二人とも享年が80代後半でしたので、
 僕が教わっていたのは、30歳前後だったと思いますが、
 もっと年上だと思っていましたが。

 数学の先生は、細身で活動的な先生で、
 元気があって、明るく授業をしていて面白い先生だったとの印象です。
 これに対して、国語の先生は、物静かで落ち着いていたような感じで、
 何があっても慌てないような感じがしていました。

 国語の時間、漢字の書き取りの試験の時、
 僕は「渋滞」の字が読めませんでした。
 先生が脇を通った時、僕の答案が目に入ったのでしょう、
 「フライパン」と小さい声で呟いてくれました。
 それを聞いた瞬間、あ、「じゅう」かと閃いた事がありました。
 教科書に、長塚節の下記の短歌が載っていました。
 「白埴の 瓶こそよけれ 霧ながら 朝はつめたき 水くみにけり」
 この歌の季節は、「霧」が使われているから秋だと先生がおっしゃいましたが、
 僕は、「朝はつめたき」だから昼はぬるくなる意味で、
 全体的な印象として夏の朝ではないかと、先生に話した覚えがあります。
 その後、この歌は平福百恵が描いた「秋海棠」の画賛の歌と知り、
 やはり秋だったかと思った事がありました。

 恩師が相次いで亡くなりましたが、
 美術を教えて下さった先生は、今も作家として活躍していて、
 最近、個展を開かれたりしたような話を聞きました。
 80歳を過ぎて奥様を亡くされましたが、
 20歳位年下の女性と再婚したとの噂も聞きました。
 恩師が元気に頑張っている話を聞くと、
 僕なども、まだまだ老け込む訳にも行かないですね。


【今日の一句】
 来るという 幸せ待って 七十年


4 4

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2023年09月>
日 月 火 水 木 金 土
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

最近の日記

もっと見る