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2023年08月26日19:40

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【漫画】『アンダーカレント』豊田徹也

今泉力哉監督による映画が間も無く公開される原作漫画。電子ブックが半額で買えたので読んでみた。
ラストで涙が頬を伝うほど感動した。一編の純文学を思わせる、驚嘆するほどの名作。金さえあれば本をたくさん買って皆に無条件で分け与えたくなるほどだ。
 
親から受け継いだ風呂屋を営む、夫に失踪された女性と、そこに手伝いでやってきた謎の男性を中心とした人間ドラマ。劇的なことはほとんど起こらない、一見地味なタッチなのだが、小津安二郎映画を思わせる完璧な間とリズム感が一切の退屈を許さない。
 
驚くべきは、映画を思わせるような沈黙の表現で、何も台詞がなくても、登場人物のほんのわずかな仕草や表情、髪型・服装の変化、あるいは位置関係によって、その心情が見るものに伝わってくる。最近の漫画には「絵がついた文学」と言いたくなるほど芸術的なものも多いが、ここまで繊細な表現は見たことがない。
そして一見劇的なことは起きないにも関わらず、複数の謎が終始 緊張感を維持する構成力の巧さ。しかもそれを思わせぶりに終わらせず、全ての伏線を回収しながら、深い感動を伴いながら、人間の魂の物語へと帰結する。文句なしだ。
 
これは極私的な感想だが、本作の内容が、先日見て感動した映画『CLOSE クロース』と果てしなく重なるものであることに驚いた。ドラマの一番の本質だけを見ていけば、全く同じ物語と言っても差し支えないほどだ。自分は、実はこういう物語がツボだったのかと、自分自身の心を再発見するような奇妙な体験だった。
 
作者の豊田徹也という人は、これが2作目で初連載。その後の活動はかなり断続的なものらしい。それはよく分かる。ここまで人間の本質に触れる漫画を描いてしまったら、次に何を描くのか/描けるのか逡巡して当然だ。その後の決して多くはない仕事の一つが村上春樹『一人称単数』のカバーだと聞いて、膝を打つ思いがした。
 

しかしここまで完成され尽くした漫画を一体どのように映画化するのだろう? 漫画の絵をただそのまま実写化するだけに終わり「何のために映画化したの?」で終わる恐れも感じる。しかし監督の今泉力哉はもとより、脚本の澤井香織は本年度屈指の傑作『恋のいばら』の脚本家だ。もし原作漫画の単なるコピーに終わらず、その本質を映画表現に落とし込むことができたら、本年度の邦画ベストはほぼ確定と言っていいだろう。
 
金がないので本をたくさん買って分け与えるのは不可能だが、この文章で興味を持った人には、映画1本、芝居1本、飲み会1つを節約してでも読んでいただきたい、真の名作漫画として強力推薦する。

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