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2023年07月27日22:44

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【暴力描写注意】小説を作成しました!「空谷矜怨(くうこくのきょうおん)」

※ 一人称小説ですが、良かったら是非、朗読の台本としてもお使いください。
金銭が絡まなければ使用自由。
大幅な改変等はツイッター @annawtbpollylaまで要許可申請。

自作発言は厳禁です。 ※

※1 今作自体は小説という体裁で作られていますが、
声劇台本である「二方美人(にほうびじん)。」の第二世代シリーズです。
「二方美人。」やそのシリーズを知らなくとも当小説単独でもお楽しみいただけますが、 同シリーズ作や派生作品も読んでいただければとても幸いです。

(以下リンク)

「二方美人。」(1:4)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1958862956&owner_id=24167653

「二方美人。」シリーズ及び関連作品のみのまとめ
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1964303733&owner_id=24167653

※2 当作品及び今後制作予定の第二世代シリーズの、世界観や登場人物の説明まとめ。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984088366&owner_id=24167653






「空谷矜怨(くうこくのきょうおん)」



 夏の日差し。

 息の臭い推定三十前後の男三人。一人は丸々と太っていて生え際が後退している。一人は……それよりかは少しマシだがやはり十分に太っていて、似合わない赤茶色の髪をしていて顔がニキビだらけ。もう一人は逆に痩せすぎていて、それならもっと足が長ければ格好もつきそうなところをやけに足が短い。

 昼間っから公園で酒を片手に蛙をいじめるような奴ら。中身が中身なら見た目も見た目で、全てが醜い。

 あれからどのくらい経っただろう。背中を丸めて倒れる俺に対し、酔っ払い三人は容赦なく交代交代にそのお腹や背中を蹴り上げる。その度に、出すつもりもない声にならない音が漏れる。もういい加減気絶したいと思うものの、そう都合よく意識を失う事はできない。服は泥だらけだし多分ところどころ破れている事だろう。お気に入りのものじゃなくて良かった。一目遠くから見た時既に、倫理観の欠落した男達だという事は分かってはいたが、予想以上だ。痩せた男が叫んだ。楽しい気分が台無しだ。早く謝れ、土下座しろ。今日だけで何度目か分からない。三人で同じような事をよく叫ぶ奴らだ。きっとろくでもない奴ら同士仲が良くて、こいつらなりの友情で結ばれている事だろう。

 実際、もしここまでやられると分かっていたなら、蛙が太った男に蹴り飛ばされそうになったあの時、俺はこの三人の前に姿を現し蛙を助けるなんて事はしなかっただろうか。いや、そんな事はない。むしろ好都合。野生の蛙をいくらいじめても犯罪にはならないが、人間を傷めつければ傷めつけた分だけ重い罪を問われる。あの十五センチはあろうかという大きな蛙も、ちゃんとどこかへと逃げ去ってくれたようだし、後は俺がこの時間を耐え抜いて、こいつらが捕まるのを待つだけだ。

 しつこく何度も何度も蹴り上げられ続け、今日四度目となる嘔吐。もはや胃液以外何も出ては来ない。自分の吐瀉物(としゃぶつ)で顔、特に右側がびしゃびしゃで気持ち悪い。幸いあまり鼻は利かない方なので、臭い(におい)はそんなに感じない。臭いと言ったら吐瀉物よりも鼻血の臭いの方が強く感じる。それにしてもよくもまあ飽きもせず、無抵抗の高校生のガキ一人を長々といたぶり続けられるもんだと感心する。三人とも顔はとっくに録画済みだからもう帰ってくれても構わないんだが、せっかくいたぶってくれるのなら現行犯で捕まってもらおう。こんな事もあろうかと、俺はこいつらの前に出ていく前にスピーカーをミュートにした状態で動画モードで警察に通報していて、バレットがポケットの中で誤作動さえ起こしていなければ今なおその通報状態は継続されている筈だ。

 俺がこんな目に遭ってまで、無い知恵と勇気を絞って守りたかったのは、見ず知らずの野生の蛙一匹の命。勿論まあそれも嘘ではない。だが、それだけじゃない。これは復讐だ。世界に対する復讐。あの時の俺を孤独に陥れたこの世界への復讐。そしてあの時の俺が、孤独でなくなるための戦い。だから俺は一切やり返さない。俺は警察が来るまで一切手を出さずに、ひたすら殴られ続け、蹴られ続ける。やり抜いてみせる。ただ耐えれば良いだけだ。簡単な仕事だ。

 一番太った男による鳩尾(みぞおち)への蹴りを食らい、五度目の嘔吐とともに、ようやく意識が遠のいてきた。やっと気絶できるかもしれない。全く、この町はとりたてて治安が悪いなんて話は全然聞かないってのにとんだ貧乏くじを引いたもんだ。ああ、でも気絶したらあれか、財布とか鍵とかバレットとかも盗まれるかな。まあ良いか、どうせこいつら捕まるんだから、返ってくるだろ。



 行北(ゆくきた)小学校。大きな校舎の小学校。俺の入学する数年前に大規模修繕をしたばかりで、そのお陰でとても綺麗だった。俺には友達が沢山居た。というか、わざわざ友達と意識していなくても、同じ小学校に通う子達はみんな友達だと当たり前に認識していた。下瀬(しもせ)君はお金持ちで、一緒に遊ぶとよくジュースを奢ってくれた。西野さんは頭が良くて、テストでほぼ毎回百点を取っていた。飯島君はその次に頭が良くて、彼もまた百点を取る事が多かった。上川君は親切で、休んだ子の代わりに掃除当番や給食当番をよく自分から買って出ていた。角田さんは西野さんや飯島君とはまた違った意味で怖い程に頭が良くて、授業で人道教育の動画を見た時にはその動画の制作意図や予想される感想等を的確に述べていた。脇田君は運動が得意で、誰よりも足も速くて運動能力テストの成績も凄かった。

 あの頃の俺にとって学校の生徒達みんなが友達で、先生は正しい事を教えてくれる存在だった。そんな友達達と先生、そして、しつけは厳しいけど、よく褒めてもくれるし大事な時には絶対かけつけてくれるお母さん。お母さんに怒られた後よく慰めてくれて、よく一緒に遊んでくれるお父さん。それに、俺の周りを付きまとう、たまに邪魔臭いけど基本的には悪い気のしない弟の夕星(ゆうつづ)。俺はみんなに囲まれていた。

 孤独の反対はなんだろう。どんな言葉が当てはまるのだろう。そんな言葉はそもそも必要ないのかもしれない。空気がある状態にわざわざ名前がついていないように、孤独じゃない状態にわざわざ名前をつける必要なんてないのかもしれない。

 三年生の春。みんなで遠足に行った。どのくらいだったか、とにかく当時の俺からしたら凄く長いと感じるくらいの距離をずっと歩いて、途中でバスに乗って、バスから降りてまた歩いて、やっと着いたところで工場見学をした。どんな工場で、どんな事を言っていたのか。それは全然覚えていない。ぼんやりとバレットやパソコンから貴金属を回収するみたいなのを見学した記憶があるから、もしかしたらそれだったかもしれない。ただそれも全然違う時の記憶がごちゃ混ぜになっている可能性もあって、全くもって信頼性はない。

 その工場見学の後、公園でお弁当を食べた。その時、下瀬君と脇田君、それに一ノ瀬(いちのせ)君が楽しそうにはしゃいでいた。気になって近寄ってみると、彼らはバッタの足を千切って遊んでいた。僕はびっくりして、なんでそんな事してるの?やめた方が良いよ。そう言うものの、彼らはやめないで、その後も虫を捕まえては足や羽を千切って遊んで、飽きたら踏みつぶして殺す。そんな遊びを続けていた。

 先生に言ってやめさせてもらおうとしたけど、先生は全然本気で言っていないような感じで「もう三年生なんだから、いい加減そういうの卒業しなよ?」と軽く注意しただけだった。

 頭が回らなかった。下瀬君も脇田君も一ノ瀬君も、なんでこんな事を?それに、なんで先生は全然怒らないの?何が起きているのか理解できなかった。思考をいくら巡らせても、何一つとして目の前の事が理解できなくて、何もかも、意味が分からなくて、どうしたら良いのか分からない。僕が経ち尽くしているさなかにも彼らはまた次の虫を探している。

 そして、ひときわ大きなカマキリを捕まえてその足を千切り始めた時、僕は止めないとと思って大きな声で「やめてってば」と叫んだが、三人はにやにやと笑うばかりで、その遊びをやめようとしない。

 僕はその時、覚えている限りでは初めて。初めて弟以外の人を殴った。そして彼らがひるんでいるうちに前足を一本失ったカマキリを逃がして一安心していると、先生達が集まってきて、殴り返そうとするその三人と僕とを引き離した。

 小学三年生のあの頃は上手く言葉にできなかったけど、今なら分かる。あの頃の気持ち、今ならちゃんと言葉にできるんだ。小林先生、笹原先生、あんたら言ってたよな。命は平等だ、命は大事だ。だからご飯を食べる時にはその命に感謝して「いただきます」と言うんだって。先生、あんたさ、砥留(とどめ)君だって蚊が腕に止まったら殺すし、そうでなくても普段気づかないだけで何匹も虫を踏み殺してるでしょ?って、それが詭弁だって事くらい自分で分かるだろ。自分や周りの人や物を実害から守るために殺すのや、日々の日常生活の中で無自覚に殺しているのと、遊びなんかで故意に殺して楽しむのと、全然違うだろうが。相手が子供だと思って詭弁で言いくるめようとしてんじゃねえよ。

 俺はあの時、上手く言葉にはできなかったがお前の言った事に何一つ納得しなかったからな。俺はお前の子供騙しなんかに言いくるめられなかったからな。

 あの時。あの時の前と後ろとで俺の人生は大きく変わった。砥留(とどめ)君が下瀬君達に暴力を振るった。そう言って泣き出す生徒達。生徒達は名前や顔、口が違ってもみんな言う事は同じ。枕詞に「下瀬君達も悪いけど」をつけるだけつけて、そこから先は要約すれば結局「虫を殺す事よりも下瀬君達を殴る事の方が悪い」なんて、全く理解できないふざけた理屈。そして両親も、いかにも中立っぽい事を言っても最終的には「それでも手を出したら露歩(つゆみ)が悪者にされちゃうんだよ」で締めくくる。

 なんだ暴力って。手を出したらだめだって。あの時俺が手を出さなかったらあのカマキリはもう片方の前足も千切られて、そのまま捨てられるか踏みつぶされて殺されてたんだろうが。手を出さないでカマキリを助ける方法なんか無かっただろうが。夕星(ゆうつづ)も何か言ってたけどこれは覚えてない。確かあの時は「お前は関係ないんだから黙ってろ」って怒鳴った気がする。ごめんな夕星(ゆうつづ)。俺は今も昔も、良い兄じゃないよな。でも、なんだよ。暴力?人が人に対するものだけが暴力なのか?あのクソガキどもが虫に向けていたあれは暴力じゃないのか?俺が殴ったのだけが暴力なのか?遊びで虫をいじめる事が暴力じゃなくて、そんなクソガキからカマキリを守るために殴って全治一週間程度の怪我をさせるのが暴力なのか?

 なんで分かってくれない。なんだ、それでも所詮は虫でしょって。言いやがったな、小林先生。先生なんて大層な看板背負ってる癖して、言いやがったな。所詮は虫でしょって。お前ついこの間まで命は大事だって言ってただろ。なんだそれは。法律上でも犬や猫や鳥はいじめたり殺したりしたら犯罪だけど、虫や蛙や魚はいじめても殺しても犯罪にならない。知るか、そんな線引き。なんだその勝手な話は。

 ああ、別に。今なら分かるよ。本当に全ての命を平等に大事にするというのは実生活を送るにあたって無理な話であって、どこかで線引きをして、どこかで上手いこと調整していかないといけない。

 けどなあ、それでもだ。それでも、猫だろうが犬だろうが虫だろうが蛙だろうが、ただの遊びで取り返しのつかない怪我をさせられたり、まして殺されたり、それはダメだろう。どんな種類の生き物とかって話とは別に、どんな目的で傷つけるのかって事の方が重要だろうが。そこへ行けば俺は自分や自分の育てた野菜守るために猿や猪を殺すのは何も責められるべきじゃないと思ってるよ。遊びで、楽しんで殺す。それが許せない。対象が虫だから?所詮は虫だから?関係ないだろうが、遊びだぞ。遊びで楽しんで殺す事になんの正当性がある。なんの必要性がある。なんでこの気持ちを誰も分かってくれない。俺の言ってる事はそんなにおかしいか。なあ、この気持ちってそんなに理解し難いものなのか。

 なんてな。実はと言うと、別に、今はそんな事あんまり強くは思ってない。理不尽だとは思っているが、だからと言ってその理不尽に対してさほど心は強く動かない。ああ、はいはいって感じ。世の中の理不尽のうちの一つ。ただそれだけ。でも、あの時の俺は違う。あの時の俺はその理不尽が何よりも許せなかったし、その理不尽が許せない気持ちを誰とも共有できない事に絶望していた。

 なあ、答えろよ。なんで俺は、なんで小学三年生の頃の俺は、あんな孤独の中に居なければならなかったんだ。なんであんなに沢山の人達に囲まれながら、それでもなお孤独を味わわなければならなかったんだ。俺の周りの沢山の友達、先生、親、弟、みんなハリボテ。数だけの存在。あの時までは、俺は呑気に周りのみんなが大事な存在で、もっと言えば自分の一部のようにすら思っていた。馬鹿な話で、そんなわけないのに。当時の俺は本当にそう思っていた。だからこそ、そうじゃない。誰一人自分の気持ちを分かってくれない。絶望だった。孤独だった。

 正直そのくらいの頃の記憶なんて色々曖昧なもんで、ほとんどの事は覚えていないけど。覚えているごくわずかの部分は、その、絶望と孤独。それが全てだった。それから何年経っても、あの時の事が過去となっていっても、表面上はいつもの日常に戻っていっても、昔はあんなに大好きだったお母さんも、あんなに頼りになると思っていたお父さんも、心のどこかでずっと気持ち悪く思っていた。いつも苛ついていて、夕星(ゆうつづ)には相変わらず八つ当たりみたいな事ばかり言ってしまっていた。いつもうっすらと、あの時無関係の癖して口を挟んできた事に対して怒り続けていたんだと思う。

 家族ですらそうなんだから。同級生達も、先生達も。まだ話した事のない他のクラスや他の学年の生徒達も、担当になった事のない先生達も。まだ見ぬどこかの誰かも。みんなみんな、自分とは違う世界に居る、自分の気持ちを分かってはくれない存在。表面上の仲直りすらしなかったし、したくなかった。俺はどうしても彼らを殴った事を謝りたくなかったし、俺が謝らなければ誰も俺を許さない。それで構わない。謝るくらいなら友達なんて要らない。友達だと思っていたけど、実はそうでなかった人達の事も、噂話を聞きかじっただけのくせして薄っぺらな正義感を燃やして俺をのけ者にする外野の事も、どうでも良かった。これから先知り合う誰かにも、この絶望と孤独を味わわされる時がきっと来る。それならもう最初からどうでも良かった。知りたくもなかったし、好きになりたくもなかった。大事な人など居ないし、自分の一部だなんて思う人なんて居るわけがない。それで良かった。

 ひたすら、こんな世界で生きていたくない。死にたいと思ったかは分からない。ただ、こんな世界で生きていたくない。当時そう思ったのは確実に言える。



 だから俺は、あいつの理解者第一号になってやる。見たかチビ。見事だったろ、あいつらから蛙を奪う俺の手腕。「その蛙、毒がある種類ですから今すぐ離れてください!」って大声で叫んで、それで放した隙に奪って茂みに逃がしてやる。完璧だったろ。次の瞬間嘘がバレてこの倫理観の欠如した酔っ払いに絡まれるって点を除けば。

 まだポケットの中のバレットが通報状態を維持してくれていたら、音だけでも十分、蛙を守った少年が三十の酔っ払い三人に絡まれて反撃もしないで一方的にぼこぼこにされてるって伝わるだろう。ここが大事。反撃もしないで一方的に。こいつらの罪は余計重くなるし、何より俺は絶対に悪者にはならない。お母さんにもお父さんにも文句は言わせない。言ったもんな、手を出したら悪者にされるって。俺は殴ってないし「蛙だって生きてるんですよ。こんな酷い事する人に謝る事なんてありません」と、至って当たり前の正論しか言っていない。俺がこの件で悪者になる道理は無い。

 どうだ、チビガキ。お父さんもお母さんも、俺がカマキリを守ろうとした事自体は何も悪くないって言ってくれてただろ?手を出すと悪者にされるって言ったんだろ?要はお前はまだ頭が悪かったんだよ。だからあの時咄嗟に、殴る以外でカマキリを守る手段が見つからなかった。俺はお前よりかは頭が回る。その差だけだ。それにその差も、お前が居たからこそだ。俺も今が初めてだったらやっぱり殴る以外に蛙を守る手段は見つからなかっただろうよ。

 大丈夫、お前は孤独じゃない。俺が居るし、俺以外にも、お母さんもお父さんも居る。夕星(ゆうつづ)も居るし、他にも沢山居るんだよ。

 良い具合に朦朧としていた意識が、一瞬だけ強く覚醒した。どうやら投げ飛ばされたみたいだ。全身を地面に打ち付けられ、鈍い痛みが広がっていく。どうでも良いけど、頼むから頬とか、顔には傷痕が残らないでくれ。高校生になってから明らかに昔よりも傷痕が残りやすくなってきてて、軽く絶望してんだから。



 次に目を覚ました時は、ベッドの上だった。どうやら苦戦はしたけど、あの後なんとか気絶できたらしい。そして目の前にはお母さんの姿がある。

「昨日食べたメロンパンはまだ残ってる?」

 今俺、なんて言った?なんて言ったか覚えてないけど、何かよく意味の分からない事を言った気がする。お母さんは「昨日メロンパンは食べてないよ」と真剣に応えた。 

 暫くしてようやく意識がはっきりとしてきた。どうやらそこは救急車の中のよう。救急隊の人?多分そうだと思う。多分救急隊の人に、何があったのかを順を追って説明された。大体は自分でも覚えている内容だったので、それらにはい、はいと頷いた。

 救急隊の人が言うには、あの後警察が来て酔っ払いどもは俺が殴られ続けた甲斐あって、無事現行犯で捕まったらしい。俺はというと、寝ている間にそのあたりを全部済ませてくれたら楽だったのだが、傷痕の撮影だとか脳や内臓や骨の検査だとか、そういうのは全部まだこれからのようだ。考えるだけで億劫で仕方ない。

 病院に到着し、写真の撮影、外傷の治療といくつかの検査を終えて、救急車の中のそれよりも豪華な病室のベッドに身を預けているとお父さんと夕星(ゆうつづ)も合流した。どうやら二人は公園の管理人さんと話をしていて、それで遅くなったらしい。

 お母さんもお父さんも、夕星(ゆうつづ)も、みんな何を言ったら良いか分からないといった様子で、気まずい時間が流れた。それはそうだ。当たり前。息子や兄が蛙を助けるために酔っ払い三人にぼこぼこにされて入院しましたなんて。何言ったら良いか分からないだろうよ。

 そんな中、お母さんが口を開き「一応、今のところ内臓が潰れてるとか脳内出血してるとか、そういうのはなさそうで良かったし、露歩(つゆみ)が助けた蛙も無事逃げられたみたいで良かった。生き物を大事にするのも、自分から手を出さないのも、確かに良い事だ。だけど、やっぱりこんな目に遭ってまでだから」と、つっかえつっかえになんとか言葉を繋ぐものの、その先は言葉が出てこない様子だ。

「もうこりごりだよ。カマキリ助けるために自分が悪者にされてみんなから迫害されるのも、蛙助けるために全身包帯まみれになるのも。今度ナマコやカタツムリがいじめられてても、俺はもう見て見ぬふりするよ」

 わざとらしくそう言うと、お母さんは「そっか、ごめんね。あの時もごめんね、ありがとうね」と俺の頭を撫でた。そしてお父さんと夕星(ゆうつづ)も、俺のした事は間違ってないけど、それでももうしないって言ってくれて良かったと、時間をかけてゆっくりと言葉を探しながら綴った。

「あ、そうだ。それと公園の管理人さんが、露歩(つゆみ)に正式に謝罪と表彰をしたいって言ってたよ」

 しばらくして、お父さんは一気に全然違う話をし始めた。驚く俺にお父さんは説明を続け、夕星(ゆうつづ)も一緒にその話に補足を入れていった。元々、あの公園で蛙がいじめられているのは昔からよくある事だったらしく、監視カメラを増やして死角を少なくする案も出ていたものの、あの公園は町の管理するもので、財政の問題でその案は毎回蹴られていたそう。そんなこんなで改善が進まない間に今回の事件が起きた事に対し強く罪悪感を感じるとともに、どうやら俺はその管理人さんには自分の身を呈して蛙を守った英雄のように見えているらしい。

 俺は実際そんなんじゃない。俺はただ、小学三年生の頃の、あの孤独に対して仕返しがしたかっただけなんだ。別に蛙がそんなに大事、蛙のために身を差し出したわけじゃない。だから公園の管理人として謝罪と表彰。そんな大層な事してくれるってんなら、俺じゃなくてあの頃の俺がふさわしい。

 でももうあの頃の俺はここには居ないから、仕方なく代わりに俺が、回復したら大人しく表彰されに行くとするかな。世の中何がどこでどうなるか分からんもんだ。

 ああ、もう十分。こんな痛い思いは二度と御免だね。俺の復讐は、もうこれで完遂。ありがとな、チビ。なんだかんだで、お前のお陰で色々楽しかったよ。お母さんとお父さん、夕星(ゆうつづ)の事は俺がこれからお前の分まで大事にしてやるから安心してくれ。



―――以上―――

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