■吉原の風俗店従業員女性を殺害容疑、客の男を逮捕 「予約が取れず」
(朝日新聞デジタル - 05月13日 14:02)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=7409566
仮にT先生とします。連載を持っていた賢い人です。専門書も出していました。惜しいことにもうお亡くなりになりました。
ソープランドで働いている女性とお付き合いし、お店以外でも性的関係を持ちましたが、お金やプレゼントを要求されなかったそうです。だから恋人と言っていいのでしょうが、しかし、店はやめないし、結婚もしてくれないと。悩んで鬱になりました。頭も禿げました。見ていれないほどでした。
簡単に言うと、文学と現実のギャップというところだと思います。
彼は、夢を持ちました。夢というよりストーリーです。それが邪魔だったのでしょう。
現実は変幻自在ですから。
たとえば、願いを聞いてくれる仏様の話を、T先生の周りにいるある人がしていました。
「A子さんと結婚させてください」
この願いはかなわないと。
じゃあ、どういう願いが叶うかというと、
「お任せしますから、良い方と結婚させてください」
だそうです。なるほど。
だから、T先生が、「天地真理のような髪型のかわいらしい奥さんになって、庭にパンジーを植えて、朝はカフェオーレを入れてほしい」という文学的な願望を持ったら、仏様がかなえて下さらないように、彼女も逃げるでしょう。
文学は夢の押しつけだからです。また、文学の中には、正義はありません。
T先生の件で疑いを抱いているのは、
彼女は本当はTさんのことを思っていたのではないか…という疑いです。ソープ嬢だから、迷惑がかかるから結婚できないと考えていたのではないかと。
Tさんが抱いていた夢がいいかわるいかではなく、それとは別に現実があるわけです。
「こんなに素晴らしい夢があるから、一緒に実現しよう」というのは、現実を前にすると、あまりにも幼稚です。
そうでないかもしれませんしそうかもしれません。文学的夢に付き合ったのですから、仏さんにバチを当てられることを考えれば、禿程度で済めば安いものです。
さて、事件のソープは、恋愛商法的なところ(女性が客を好きになったふりをする。たとえば、年配の客が来たら「お客さんをみると、死んだパパを思い出すの…」などと言う)だそうです。
それは、相手をだます面もありますが、相手の文学的夢に付き合うという面もあります。
だから、お金を払っているといっても、それだけで本当にありがたいと思わないと。
亡くなった女性のご冥福をお祈りします。
文学なら、稲垣足穂や椿實など、思いっきり上質なものでないとですね。。
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