昨日の日光からは鎌倉に寄る事は決めていたのですが、東国巡礼という事では本当は後、成田山新勝寺、浅草寺、明治神宮、靖国神社にも寄って見たかったのでした。流石にそれだけの時間的な余裕はないものの、成田山新勝寺だけならば寄れるかも、それに3冊目の朱印帳に相応しいのは、Wikipediaを参照するまでもなくここでしょと思っていました。
「参詣者数において関東地方屈指の寺である。初詣の参拝客数は、2006年に約275万人、2007年に約290万人を数えており、社寺としては明治神宮に次ぐ全国第2位(千葉県内第1位)、寺院に限れば全国第1位の参拝客数である。今も昔も加持祈祷のために訪れる人が多いことでも知られる。成田国際空港に近いことから、外国人観光客にも人気がある」
�茵〔直盪嚇貍〇�(宗吾霊堂)
�蕁‖臻榮�
昨日の内に現地入りして、夜間の成田山新勝寺の参拝も行っていたのですが、車中泊できる場所を探し回っている内に宗吾霊堂に行き着いて、そこで一夜を明かしました。日が昇ってからカメラを片手に参拝。ここの正式名称は鳴鐘山東勝寺で、そもそも成田山の方が新勝寺と名付けられたのは、東勝寺→この後に創建→「新」勝寺という経緯があったそうで、元々由緒あるお寺で、江戸時代に義民である佐倉惣五郎を祀る様になって、一般的に宗吾霊堂として知られる様になったそうです。境内の伽藍の多くは新しいものの立派なもので、一義民が信仰の対象になっているというのも凄いと思いました。これはリアリストである白土三平がカムイ伝で結局は描く事が出来なかった、正助のもう一つの結末であったのかも知れませんね。
�茵\�田山新勝寺の仁王門
�蕁‖臻榮�
�茵 ̄�之院
�蕁\�田山公園と成田山書道美術館
成田山と言えば私にとっては車に貼り付けられたステッカーやお守りの印象が強いのですが、何でこんなに良く見掛けるのだろうと思っていました。実際に車の交通安全祈願を始めたのは成田山が最初の様で、言葉の使い方としては間違っているけど庶民御用達って感じのお寺ですね。まあ今では成田空港で航空安全祈願も行っている様ですが、その大本山が成田山新勝寺となります。それにしても訪れて見れば新勝寺はやっぱり凄かった。建造物の新旧は全く問わず、境内の伽藍は気品に満ち溢れたもので、庭園である成田山公園は何と東京ドーム約3.5個分との事で、非の打ち所もなく綺麗に整備されていて、その全てが仏教の理想を体現している様でした。もう時間も忘れて歩き回っていたのですが、いざ大本堂に参拝して見れば、何やら物々しい雰囲気を漂わせています。その内に妙な音楽が外で流れ始めて、アナウンスで間もなく9時の御護摩が始まる事を知りました。当然の様にその祈祷を見守っていたのですが、その作法や所作を見守りつつ、ああ、寺社共に加持祈祷やそれに類するもの、その威力は未だに絶大なのだなあと思いながらも気持は冷めていました。特に御火加持の段取りになると何だか滑稽さも帯びて来たのでした。とは言え私の家の宗派は浄土真宗本願寺派ですが、祈祷はしないとされる浄土真宗でさえもそれは本当なのかなと思ってしまいます。念仏だってその類だし、呪術的な要素は相当に根深いと思います。しかしそれが駄目だと言っている訳ではないのです。人の想いは届く、手を合わせるという行為に呪術的な意味があろうとも、それだけは信じたいと思っています。
浄土真宗と御朱印(1)
https://blog.goshuin.net/shinshu_01/
それと加持祈祷に類するもの、つまりは呪術的な要素は要するに意識の変容を齎す装置であると考えています。そう考えると直接的にはドラッグであったり祭りであったり荒行であったり瞑想であったりするのも、結局は「神」と結び付く方法論の一つではあるのでしょう。しかしそこに溺れる事なく、やはり明晰さは必要なのです。何故ならば恐らくは…悟りとはそのバランスの上に成り立っているものだからです。何のこっちゃですけどね。
�茵…甓�八幡宮、若宮(下宮)
�蕁…甓�八幡宮、本宮(上宮)
随分と遅くなってしまいましたが、特に焦る事もなく成田ICから高速道路に乗り東京湾に沿って走らせて鶴岡八幡宮へ。ここも20数年も前に1度来ており、その時には鎌倉大仏を先に訪れていて、しょぼいなと思うばかりで長居する事もなく次に鶴岡八幡宮に向かうも、目前にして拝観時間が過ぎていたという事がありました。今回はそれ以来、漸く参拝が叶った訳ですが、三の鳥居を潜った時点で丁度12時で、ゆっくりと隅々まで巡るのは大前提として、御朱印の時間を考えると後は時間との勝負なので、ここからは駐車料金が高くとも一番近い所に停めています。境内はそれなりに広いのにこじんまりとして見通しが良いのは、三の鳥居から直線で舞殿と本宮が結ばれていて、本宮が少し石段を上がった高台にあるからですね。三の鳥居を潜った瞬間に思わず感嘆の声を上げてしまいます。
�茵ヽ�倉大仏(高徳院)
�蕁‖臺�の背面
車を移動して次は鎌倉大仏に一番近い所に停めると、最寄りの長谷寺と両方を参拝しました。先ずは鎌倉大仏なのですが、高徳院というお寺の存在感が丸でなくて、見るべき物は野晒しになっている大仏だけの公園という感じで、御朱印を頂くのも心許ない感じです。鎌倉のシンボルでありながら、何だろうこの心許なさは…。
�茵ヽ�倉の長谷寺
�蕁�2月の花散歩
�茵)榮押粉儔仔押�
�蕁ゞ�内から由比ヶ浜を望む
次の江の島の事は全く考えずに、気が済むまで時間を掛けてゆっくりと隅々まで拝観しました。本尊には時間を置いて2度もじっくりと対面したし、観音ミュージアムにも入館したし、もちろん眺望散策路から由比ヶ浜も眺めたし、その上で言うのですが、ここ鎌倉の長谷寺は大和の長谷寺とは姉妹寺と言っても良い関係だし、本尊である十一面観世音菩薩(立)像も瓜二つと言っても良い程に似ているのですが、その土地が生み出す風土や土地柄や気質によるものか、或いは私の贔屓目であるのか、鎌倉の長谷寺は大和の長谷寺に比べると肌に合わないんですよ。私にとって神社仏閣は信仰の対象というよりも割と文化財的と言うか、歴史的に貴重であるとか、或いは見た目の好ましさで価値を判断していると思うのです。大和の長谷寺は門前町から境内の伽藍の構成に至るまで完璧と思えるし、私としては偶像崇拝的な物は殆ど求めていない筈なのに、大和の長谷寺の御本尊だけは帰依したくなる程に有り難いのです。それは未だ悟りを得ていないお姿であるのと無縁ではないと思うのですが、観音信仰の本質は己を高めようとする者の似姿だと思うのです。その貴さが鎌倉の長谷寺の御本尊からは感じられないという事です。勿論、これは飽く迄も私個人の想いに過ぎないのですけど。
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�蕁/霓缶�
�茵(嫩典�
�蕁(�安殿
�茵|翊典�
�蕁〕蠶�寄進の鳥居と奥津宮
�茵|媚�ヶ淵と沈む夕日
�蕁ヾ箍�
車を移動して次は江の島に向い、入口にある青銅の鳥居を潜ったのが16時で、御朱印は辺津宮授与所で頂けるのですが17時までなのでかなり余裕がありました。しかし境内の地図を見ると見るべき所は島全体に広がっており、江の島シーキャンドル(展望灯台)の周辺はお洒落な観光地となっているし、島全体で煌びやかなイルミネーションが灯っているし、稚児ヶ淵は遠く富士山に夕日が沈む絶景スポットとなっているし、江島神社の発祥の地とされる岩屋には営業時間が17時の所を3分前に滑り込むと、30分近く洞窟巡りを楽しみました。江の島はほんと半日掛かりでゆっくりと散策した方が良いですよ。それと奉安殿では200円を支払って必ず拝観しましょう。日本三大弁財天の信仰は伊達じゃないです。因みにWikipediaによると、
[仏教としての三大弁才天]
宝厳寺(竹生島) 本尊である早速弁才天像は60年に一度開帳(次回は2037年)
金亀山与願寺(江島神社) 奉安殿にて、八臂弁財天像と妙音弁財天像は常に拝観可能
大願寺(厳島) 八臂弁才天像は毎年6/17に開帳
[神道としての三大弁才天]
竹生島神社(都久夫須麻神社)
江島神社
厳島神社
となっています。
1冊目の伊勢神宮と2冊目の大神神社の朱印帳は小判サイズでしたが、3冊目の成田山新勝寺の朱印帳は大判サイズに変わっています。恐らくは神社用が小判でお寺用が大判というのが主流の判型なのでしょうが、私は一緒くたなので特に拘りはありませんよ。しかし次の4冊目も比叡山延暦寺で大判を買い求める積りで居ます。その後もやっぱり大判かな。
成田山新勝寺の朱印帳(22頁)
【成田山新勝寺】
【鶴岡八幡宮】【鎌倉大仏(高徳院)】
【海光山長谷寺】【江島神社】
走行距離、1717km
給油量、88.5L
燃費、19.4km/L
東国巡礼、第33番札所、善光寺、諏訪大社 R05 (2023) .02.06〜07
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