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2022年11月03日19:09

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【ブックレビュー】文明化した人間の八つの大罪

文明化した人間の八つの大罪
コンラート・ローレンツ 著
日高敏隆・大羽更明 訳
新思索社


 名著「ソロモンの指輪」で名高いローレンツの、ラジオでのスピーチ原稿を本人が書籍化した「小さな本」(P7)です。タイトルの通り、科学書ではなくて、人類と社会への警告の書となっています。ノーベル賞を受賞した1973年の出版という事で、ちょっと年寄りの説教っぽい印象を受ける人も多いようですが、その内容は現在にも通ずる(=当時から改善されていない)と感じました。また、遺伝学が現在ほど発展していない時代だからでしょうか、動物や人間の生得的な機能が軽視されていたようで、いわゆる「タブラ・ラサ」を信奉する、「リベラルでインテリのアメリカ人」を強く批判しています。(P105〜)ただ、ローレンツ自身がナチスの優生学や差別政策に強く関与していたため、この批判は良くない印象を受ける人が多いでしょうか。


 第一章「生きているシステムの構造の特徴と機能の狂い」で動物行動学や自然科学、ホメオスタシス等に触れた後、第二章「人口過剰」、第三章「生活空間の荒廃」、第四章「人間どうしの抗争」、第五章「感性の衰減」、第六章「遺伝的な退廃」、第七章「伝統の破壊」、第八章「教化されやすさ」、第九章「核兵器」と八つの大罪について考察し、第十章が「まとめ」となります。また、巻末にレクスプレス誌でのインタビューが載っていますが、時系列的にはインタビューの方が3年くらい過去ですので、先にインタビューを読むと理解の助けになるかもしれません。


 本書の重要な点は、第二章最後に

・・・・・
 このあと七つの章に述べるありとあらゆる弊害や荒廃現象は、直接、人口過剰によるものである。それに応じた「条件づけ」をおこないさえすればすしづめのよくない結果に耐えられる新しいタイプの人間が生まれる、という信仰は、じつに危険な空想だと私は思っている。
・・・・・(P23)


 とあるように、人間もパブロフの犬のように後天的に条件づけをすれば、荒廃した社会に適応できるという思想に対する批判だと思います。これを押さえて読み進めると理解しやすいかもしれません。また同時に、全ての人間は生まれつき平等である、教育次第でなんとでもなる、という現在ではおそらくあまり信じられていない欺瞞的な平等主義への批判でもありますが、前述したように、著者の根本に人種差別意識があるとすると複雑な気持ちにもなりますね。ただ、以下のような指摘もあります。


・・・・・
 けれども厳密な意味での教義が形成される決定的なステップは、理論を確信にまでかたまらせる今述べてきた要因が、さらにその信奉者の大多数にあらわれてくるということである。いわゆるマスメディア、新聞やラジオやテレビがいろいろな学説を広く伝播する可能性を開いてくれたおかげで、今日では、まだ実証されていない、科学の仮説の域を出ない学説が、一般に認められた科学的見解だと思われてしまうだけでなく、最終的には世論にまでなってしまうのである。
・・・・・(P102〜103 「大多数」に傍点)


 これはまさに私達がコロナ社会で繰り返し経験している事ですね。ものすごく好意的に見ると、仮説の世論化を批判する事で、著者自身の反省や贖罪を形にしているのでしょうか。


 八つの大罪それぞれに割かれたページ数に大きな差があり、最も短い「核兵器」は2ページ弱です。キューバ危機から約10年後で、核戦争回避については楽観視されていた時代だったのでしょうか。26ページに渡る「教化されやすさ」は筆の勢いも強く、大企業や官僚に対する批判も含め、現在の(おそらく今後も続く)自由主義・自由意志の抱える問題を指摘しています。
 とても興味深い内容で面白く読めましたが、漢字や仮名の使い方がちょっと古いのか、読みにくく感じる面もありました。もし万一にでも改装する機会がありましたら直してもらえると、より多くの人に読んでもらえると思います。っていうか、平等や教化や、著者の指摘する「えせ民主主義」への疑念が高まっている今こそ読み時かもと思います。


 文明化による人間や社会の荒廃は、理性による人間の野蛮化を指摘したホルクハイマーとアドルノに通ずる所があるような気もします、って言うと、ナチスと一緒にするなと怒られそうですね。

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