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2022年09月30日23:30

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「三遊亭円楽(六代目)」襲名12年、癌に倒れ、「歌さん」のもとへ、か。

三遊亭円楽さん死去72歳肺がん 1月脳梗塞も5月退院 「笑点」で桂歌丸さんと掛け合い楽太郎
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=7130766
六代目三遊亭円楽、亡くなる、ですか。三遊亭円楽と言えば、やはり前名の三遊亭楽太郎時代(昭和52年の三波伸介司会の頃)から続く日テレの「笑点」の大喜利レギュラーメンバーとしてのイメージがあまりにも強く、中でも、桂歌丸との罵倒合戦の名シーンが印象的でした。レギュラーメンバーとなって暫く、当時の「笑点名物」には桂歌丸と同年代の三遊亭小圓遊による大罵倒合戦があり、それが番組の視聴率アップのための大きな存在でもありました。
しかし、昭和55年に公演先で三遊亭小圓遊が43歳の若さで客死、「罵倒合戦」の相手を失った桂歌丸は当時大喜利メンバー内でキャラクター作りに苦しんでいたという三遊亭楽太郎に新たな「罵倒合戦」の相手となることを持ち掛け、以降定着する毒舌キャラクターを確立させたという話がありますね。
以降も、桂歌丸は三遊亭円楽を気に掛け、円楽に対して「楽さん」と呼び、見守っていたようで、所属する「五代目圓楽一門会」が落語協会離脱の経緯から鈴本演芸場、新宿末廣亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場で定席興行を持つ出来ず、出演できる寄席や高座が限られていた中、落語芸術協会の副会長→会長の座にあった桂歌丸が尽力し、出演できる高座を増やすことを「してくれた」という関係にもあったようで、「罵倒合戦」は桂歌丸が司会者となった後も、形を変えて続きました。
師匠たる先代(五代目)三遊亭円楽が亡くなったのを受ける形で六代目三遊亭円楽を襲名しましたが、円楽襲名12年にして、「帰らぬ人」となってしまったことになりますね。4年前に健康診断で肺癌が見つかり、さらには脳腫瘍、今年に入り脳梗塞を発症しましたが、退院、高座への復帰を果たしましたが、肺炎が再発し入院、亡くなった、と。
その時の状況はテレビ各局のワイドショーなどで見ましたが、呂律の回り具合は元気な頃からはかなり違ったものになってしまい、笑点のレギュラーメンバーとしての活動がフルにできるようになるには、まだ「時期尚早」な感じを受けました。
先月の東京・国立演芸場の「8月中席」が最後の高座となったようですが、体力を相当に使ったということかもしれませんね。
林家木久扇、三遊亭小遊三、三遊亭好楽と、笑点の大喜利レギュラーメンバーには三遊亭円楽よりも年が上の人がおり、「先立ってしまった」という感じなのかもしれません。
享年72とのこと。合掌。
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