今日は、友人に誘われて、もう1人の友人と3人でラーメンを食べに行きました。
宇都宮市の北部、かつては上河内村と呼ばれた地区にあるラーメン店です。
以前から噂は聞いていましたが、行くのは初めてでした。
店に着いたのは午後1時を回っていましたが、それでも10分ほど待たされました。
食べている最中にも、続々と客が入って来ました。
福島県では喜多方ラーメンと並んで白河ラーメンが有名ですが、
それを引き継いだ店のようで、
サッパリ系のスープに、コシのある縮れ麺で美味しかったです。
連れて行ってくれた友人は、かなりの鉄道マニアです。
基本的には乗り鉄なのですが、鉄道の歴史を調べるのも好きな人です。
明治時代に開通した当初の東北線は、10年ほど後に東に大きく振られて、
現在の東北線になったとの事で、
今でも残る東北本線の廃線を見せてもらいました。
東北本線は、1885年(明治18年)7月16日に、
大宮 - 宇都宮間が開通します。
この時は、利根川に架かる橋の橋脚が完成していなかったため、
利根川は鉄道連絡船で連絡していました。
1886年(明治19年)、6月17日に利根川橋梁が完成し、
上野 - 宇都宮間の全線が開通します。
10月1日には、宇都宮 - 那須(現・西那須野)間が開通しますが、
この時の宇都宮 - 矢板間は、現在の東北新幹線に近い経路でした。
1897年(明治30年)2月25日、宇都宮 - 矢板間経路が変更されます。
当時、同区間では西鬼怒川、東鬼怒川(現在の鬼怒川本水路)の
2本の鬼怒川を渡っており、夏季の鬼怒川の大水に対する
橋脚や護岸の補修費や時間がかかる事が問題化したため、
その下流部の東西鬼怒川が合流し流路帯が狭くなる地点を渡る
現在の経路に切り替えることになったためでした。
その当初の東北線が残っている訳です。
友人に連れて行ってもらった所には、農道のようになっていて、
それと言われなければ分からないような感じでしたが、
廃線跡が残っていました。
もう1か所分かる所があると言うので、旧河内町の方に行ってみました。
古墳の脇を細い道筋が直線的に残っていて、
こちらの方が分かり易かったです。
折悪しく、その時には雨が激しく降っていたので、
車から降りて確認する事は出来ませんでしたが。
ともかく、美味しいラーメンを食べられて、
東北本線の歴史を教えてもらって、有意義な一日でした。
【今日の一句】
ややこしや 双子の姉妹に 町で会い
ログインしてコメントを確認・投稿する