mixiユーザー(id:8729247)

2022年06月05日16:52

158 view

「戦争は女の顔をしていない」その16

「ちっぽけな人生と大きな理念について」の章

(地下活動家)
「私たちがこうなったのはああいう時代に育ったから。自分の真価を示すことができる。
あんな時代はもう来ないわ。戻ってこない。
あの頃わが国の思想は新しかったし、私たちも若かった。
レーニンが死んでから間もなかったし、スターリンは生きていた。
ピオネールのネクタイやコムソモールのバッジがどんなに誇らしかったことか。」
「そんな時に戦争が始まった。だから私たちはこういう生き方をしたの。
私たちのジトーミル市では地下活動の始まりが早かった。すぐに参加しました。
考えるまでもなかった。怖いかどうかなんて問題にすらならなかった。」
「数か月たって私たちに捜査の手が伸びてきました。私はゲシュタポに捕まりました。
私にとって死ぬより恐ろしかったのは拷問です。もし耐えられなかったら…。
小さいころからちょっとでも痛いのはがまんできなかった。
私たちはまだ自分自身のことが、どれだけ強いか、わかっていなかったんです。」
「最後の尋問のあとで、銃殺のリストに載るのがもう3回目というとき、
三人目の捜査官は、自分では歴史学が専門だと言っていましたが、そのファシストは
「どうしてこんな連中がいるのか、そんなに思想が大事なのか?」理解したがった。
「命はどんな思想より大事なんだ」と彼は言いました。私はもちろん同意しません。」
「どうせ殺されるんです。それなら無駄死にしたくありません。
どうして私たちが強いのかわからせてやろうと、4時間ほど質問に答えました。
それまでに学んできたマルクス・レーニン主義の知っている限りを答えました。
何が起きたと思います?彼は頭をかかえました。しげしげと私を見つめるんです。
でも初めて殴りませんでした。」
「私は彼の前に立っていました。髪の毛は半分むしりとられています。
前は二本の太いお下げ髪だったのに。」
「銃殺の前の晩、自分の人生を、短い人生を振り返りました。
父は政治と無関係だと思っていましたが、非党員のシンパでした。
母は無学のお百姓で、神を信じて戦争中ずっと祈っていたのです。
イコンに跪いては、人々をお救いください、スターリンをお救いください、
共産党をあのヒットラーとかいう人でなしからお救いください、と祈っていました。
尋問のたびに怖かったのは、ドアから両親が入ってくるのでは、ということでした。
誰も裏切らなかったのが嬉しい。裏切ることのほうが死ぬより怖かった。」
「最初の尋問はよく覚えていません。意識をなくしたわけではありません。
一度だけ意識を失ったのは手を車輪のようなものでひねりあげられたときです。
他の人たちの悲鳴を聞かされていましたが悲鳴はあげなかった気がします。
それ以後の尋問ではもう痛みを感じませんでした。身体が麻痺していたんです。
ベニヤ板のようになっていました。思っていたのはひとつだけ。
奴らの前では決して死ぬまい、絶対に!
すべてが終わって独房に戻されてはじめて痛みを感じました。
でも頑張る、頑張るの。誰も裏切らないで死んだとお母さんに知ってもらえるように。」
「殴られました、吊られました、いつも素っ裸で、写真をとられて。
両手で隠せるのは胸だけです。狂っていくひとを幾人も見ました。」
「監房には小さな窓がありました。窓というより穴です。
誰かが台になって乗せてくれなければ外をのぞくことはできなかった。
それも空の切れ端でなく、屋根の一部が見えるだけ。
私たちはあまりに弱っていましたからお互いの台になることができませんでした。
でも、アーニャというパラシュート兵がいて、待ち伏せに遭って捕まったんです。
全身殴られて血だらけのアーニャがふと頼むのです。
「私をちょっと持ち上げてよ、ひと目、自由な世界が見たいわ。」
私たちはみんなで力を合わせてアーニャを持ちあげました。アーニャが叫びました。
「ねぇ、お花が咲いてる!」するとみんな口ぐちに、私も私も、と頼むんです。
屋根の上にどうして飛んできたのか、タンポポが咲いているんです。
誰もがこの小さな花に願をかけていました。この地獄から生きて出られるかどうか。」
「私は奇跡的に助かりました。父に感謝している人たちが救ってくれたんです。
父は医者をやっていて、それは当時とても大きな意味を持っていました。
銃殺に連れていかれる列から私を引きずり出してくれたんです。」
「家に連れてこられた私は傷だらけ。人の声を聞くことさえ堪えがたかった。
聞こえれば痛いんです。父と母はささやき声で話していました。
私は終始叫び続け、お湯につかったときしか黙ることはありませんでした。」
「私を救ってくれたのはツハルトゥバの特殊な泥治療です。
生きたいという望みを持ち続けたことで救われたのです。
生きたい、ただ生きたい、それだけでした。」
「14年間図書館で働きました。一番幸せな月日でした。
今は毎日が病気との戦いです。年を取るって煩わしいことですよね。
そして独りぼっち、父も母もとうに亡くなりました。」
「こんなに時間がたっても、悪夢でぐっしょり汗をかいて目覚めることがあります。
アーニャの苗字は覚えていません。アーニャがどんなに死にたくなかったか。
白いふっくらした手を頭の後ろに置いて、格子ごしに窓の外に叫ぶんです。
「生きていたい!」
アーニャの身内は見つけられなかった。誰にこのことを話したらいいのか。」
11 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2022年06月>
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

最近の日記