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2022年03月04日20:25

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【ブックレビュー】ドローンの哲学

ドローンの哲学
(副題)遠隔テクノロジーと<無人化>する戦争
グレゴワール・シャマユー著
渡名喜康哲訳
明石書店



 侵攻するロシア軍に対してウクライナのドローン攻撃が大きな戦果を挙げている、という報道がありました。ドローンは本書に描かれているような「点への攻撃」を得意として攻める側のツールだと思っていましたが、「面を防御」するのにも有効なのでしょうか。



 本書は、ドローンの軍事利用に対する哲学的な考察です。もちろんドローンそのものを哲学するわけではなく、ドローンを扱う人間や社会の、特に倫理学的な考察を中心としています。私が最も怖かったのは、この指摘です。


・・・・・
 古典的なタイプの兵士にとって、戦争から平和への移行は明らかに繊細な局面をなす。これは一つの道徳的世界からまた別の道徳的世界への移行であるが、そこでは適応障害が、あるいは「再統合」障害が現れることがある―市民生活へと復帰するためには、「圧力軽減のための幅」が必要なのだ。ところで、ドローンのオペレーターは自国を離れることはないとはいえ、「戦争領域へと遠隔展開」するのだから、このような切り換えを、一日に二度、しかも素早く、ほとんど移行期間なく行わなければならない。(中略)プレデターの操縦士で第一九六諜報中隊の隊長であるマイケル・レナハン中佐は次のように述べている。「それは奇妙なことです。非常に異質なものです―ミサイルを発射することから、子どもをサッカーの試合に連れて行くことに移行するわけですから」。朝は殺人者、夜は家庭の父。「平和的自我」と「戦争的自我」のあいだに日常的な切り換えがあるのだ。
・・・・・(P142〜)


 戦場からの帰還兵が精神を病んでしまい平和な社会に溶け込めないという問題は古くからありました。ドローンのオペレーターはそれを毎日繰り返しているため、おかしくならないはずがありません。また、守秘義務があるでしょうから、彼の子供は父親が昼間に中東のテロリストを(場合によってはその家族も)何人も殺してきた、という事を知らずにサッカーの試合に連れて行ってもらうというわけです。



 民主主義国家の政治家にとっては、自国の兵士の命を失わない事は次の選挙に向けてとても大切だとは思いますし、兵士の両親も子供の無事を祈るのは当然の事です。ですが、ここにも倫理的な問題があります。攻撃する側は自国のエアコンの効いた安全なオペレーター室にいて、攻撃される側は、いつどこから爆撃されるか分からないボロ家にいるのです。ドローン以前の戦争では、どんなに優位に立っていても、敵の奇襲や味方の誤爆等のリスクはありました。ところが、ドローンのオペレーターにとっての危険は、せいぜい、ミスした時の上司の叱責と始末書程度でしょうか。


・・・・・
 そうした道徳規範を立てることが許容されないのは、それが「この生命はなくなってもよいけれどもあの生命はそうではない」とみなすことに帰着するからだ。そこにこそスキャンダルの根がある。敵の生命をなくてもよいものとし、われわれの生命を絶対的に神聖なものとすることは、生命の価値に根本的な不平等性を導入することになる。あらゆる人間の生命に等しく尊厳を認めるという不可侵の原理を断ち切ってしまうのである。
・・・・・(P180)


 本書出版時は軍事用ドローンの運用に関しては軍事先進国が有利だったようですが、今回のウクライナのドローン攻撃に見るように、弱い側にも普及してきたのかもしれません。それならば、本書で危惧している、ドローン技術の非対称性による倫理的な問題は解決するでしょうか。つまり、対等に殺し合う事ができる、という解決です。それが良い事かどうかはともかくとして。



 著者が考察の中心としているのは、アメリカの安全な場所からドローンで中東の悪人を殺す、という新しい形態の戦争(戦争と呼べるかどうかも本書の重要な議論)です。現在のロシア=ウクライナ戦争では、国土の制圧がロシア側の目的のようですから、ドローンでウクライナの大統領を狙うという戦い方は無さそうですね。人間による暗殺はロシアのお家芸でしょうし。ただ、原発への攻撃はまたあるかもしれません。狙いがアバウトなロケットよりも、ピンポイントで「大惨事にならない場所を狙う」ドローンの方が原発への攻撃に向いていますね。



 本書で描かれている新しい戦争の形態が限定的な物なのか、ドローンによる無人攻撃が主流となるのか、まだまだ分かりません。ロシアとウクライナの戦いを見ていると、倫理学の無力さを感じてしまいますが(国民に銃を配る大統領を賞賛するのもおかしくないでしょうか)、考える事を止めるのもまた負けのように思います。
 読んでみたいという方は、巻末の「訳者解題」を先に読まれる方が良いと思います。

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