元ヤクルト通訳が選ぶ「記憶に残る助っ人ベスト5」。問題児、超愛妻家、日本記録保持者の名前がずらり
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ヤクルトスワローズの「記憶に残る助っ人ベスト5」だそうで、1997(平成9)年から20年にわたりチームの現場付き通訳を務めていた近藤広二と言う人のセレクトだそうで、ロベルト・ペタジーニ(Roberto Petagine)、アレックス・ラミレス(Alex Ramírez Quiñónez)、ウラディミール・バレンティン(Wladimir Balentien)の名前がすんなりと出てくるのは至って当然かなと思いながら記事を読んでいましたが、この3人はNPBの他チームへの移籍歴があってそれを含めて息の長い活躍をしており、ヤクルトで良い活躍をしている印象のある人だと認識しますね。
ヤクルトスワローズの外国人選手と言えば、古くから好成績を挙げて活躍する人が多い一方、殆ど活躍しなかったり何のために日本に来たのか訳のわからん人もいたり、物議を醸す言動で世を騒がせた人がいたりで、何のために日本に来たのか訳のわからん人で思い出すのが1960年代中心にMLBのYankeesなどで一塁手として活躍後にヤクルトに来たジョー・ペピトーン(Joe Pepitone)と言う人で、日本野球への批判的考察の言動で物議を醸したボブ・ホーナー(Bob Horner)と言う人もいましたね。
そんな中、やはり忘れられないのがチャーリー・マニエル(Charlie Manuel)で、昭和50年代前半に活躍した強打者で、昭和53年のチーム初のリーグ優勝と日本シリーズ制覇に貢献しましたが、そのシーズンをもって機動力・守備力に重きを置くスタンスに立っていた広岡達朗監督に嫌われたこともあり近鉄バファローズにトレードされ翌年に大活躍、シーズン途中で死球により顔面を骨折して欠場した時期はあったものの本塁打王を獲得してチーム初のリーグ優勝に貢献、当時の西本幸雄監督が負傷欠場時のことについて「マニエルおじさんが残してくれた貯金を使い果たしてしまうんじゃないかと心配していた」と言った言葉が話題になりました。
その後、MLBでIndiansの監督を務めた後にPhilliesの監督となり、2007年に逆転でNational League東地区を制し、翌2008年にはリーグ優勝を果たしてRaysとのWorld Seriesを制し、2球団通算で1000勝を挙げるほどとなりました。
やはり、日本での活躍の経験がうまく活き、監督として、歴史がありながら今一つ“名門”と言えるほどの活躍が出来ていなかった印象のあるPhilliesと言うチームで「最高の監督」として歴史を刻んだのは大きく、“最大の成功者”となったのではと思いますね。
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