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2021年10月22日15:32

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アイダよ、何処へ?(Quo vadis, Aida?)

 「サラエボの花」でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞したヤスミラ・ジュバニッチ監督が、1995年、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の中で起きた大量虐殺事件「スレブレニツァの虐殺」の全貌と、その中で家族を守ろうとした一人の女性の姿を描いたヒューマンドラマ。国連平和維持軍の通訳として働く女性を主人公に、家族を守るため奔走する彼女の姿を通して、事件当時に何が起こっていたのか、虐殺事件の真相を描き出す。1995年、夏。ボスニア・ヘルツェゴビナの町、スレブレニツァがセルビア人勢力によって占拠され、2万5000人に及ぶ町の住人たちが保護を求めて国連基地に集まってくる。一方、国連平和維持軍で通訳として働くアイダは、交渉の中である重要な情報を得る。セルビア人勢力の動きがエスカレートし、基地までも占拠しようとする中、アイダは逃げてきた人々や、その中にいる夫や息子たちを守ろうとするが……。第77回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門出品。第93回アカデミー国際長編映画賞ノミネート。(映画.comより)







<2021年10月12日 劇場鑑賞>

 この映画、バックグラウンドを知らずにただ鑑賞すると、国連で働く主人公(通訳)の女性が、逼迫した身の危険に対して、自分の家族だけを救おうとする、自己中心的な映画に見えます。女性の表情の強いこと。女優さん、上手なんですね。ともかく、友人も知り合いも無視し、自分の家族だけを特別扱いしてもらおうとするその態度は「どうよ」と見ていて半ば呆れる感じなのですが、少し史実を知ると、なるほど、当時の出来事をなるべく細かくわかりやすく述べるために、そういう主人公を持ってきたのだなぁと理解できます。

 以下、私が理解した範囲で少しバックグラウンドを述べたいと思います。

 ユーゴスラビアについては、若い頃「ユーゴスラビア映画」というものが確か時々来ていたのに、知らない間にその名称がなくなり、はっと気が付くと、例えば「ボスニア・ヘルツェゴビナ(旧ユーゴスラビア)映画」とかいう表記になっていて「え?」とある時疑問に思ったのでした。エミール・クストリッツァ氏なんかはユーゴスラビアの監督でしたものね。でもアホな私は、ユーゴスラビアがもうないと知っても、世界的には独立を試みる地域があって国が分裂するなんて、わりとあることだと思い、気にもせず来たのでした。

 旧ユーゴスラビアは、「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家」と称されたように、多民族国家でした。でも、カリスマ的な大統領シップ・チトー氏が存命なころは、うまく治められていたようです。国自体が豊かで自由、また教育や医療も無料であったと聞きます。社会主義でありながら、スターリンが治めるソ連とは距離を置き、冷戦時代でありながら西欧諸国とも友好関係を築いていたそうです。1984年にはサラエボ・オリンピックが開かれました。しかし、カリスマ大統領が亡くなったあとは、やはり国が荒れるのですね。

 次に大統領になったミロシェビッチ氏が、大セルビア主義を標榜し、それに反発したクロアチア、スロベニアがまず1991年に独立。1992年にはボスニア・ヘルツェゴヴィナも独立。それに伴い、ここからユーゴスラビア国軍が撤退。その際に、ユーゴスラビアの首都ベオグラード(セルビア共和国内)に武器などは引き継がれたのでした。当時のボスニア・ヘルツェゴヴィナも他民族でしたが、その昔オスマン(トルコ)帝国の統治を受けたこともある地域なので、意外にイスラム教徒が多かったりします。ここが「大セルビア主義」の大統領には気に入らなかったのですね。「トルコ人を追い出し、セルビアの土地を取り戻せ」ということになり、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの村々がセルビア人の手に落ちてゆきます。もうスレブレニツァ(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ内)の周りはほとんどがセルビア人に支配されていたのです。もちろん、こんな流血の事態は国連も放っておきません。スレブレニツァは「安全地帯」に指定され、オランダ軍を中心とする国連軍が駐留していました。

 しかし、独裁者にとっては、そんなことどうでもよいですね。現場にいない国連の上層部が、オランダ軍の要請に応じなかったことも相まって、逆らう力もない国連軍は、ミロシェビッチとその部下ムラディッチの思うがままになってしまいます。それどころか、相手に媚びへつらったり、情勢もよくわからずに「これさえ終われば故郷に帰れる」と喜んで応じた輩もいたらしいです。一切手を打てずに完全降伏ということですね。

 ともかく、結論から言うと、男たちはほとんど虐殺され(8000人以上と言われる)、女子供たちは強制移住させられ、民族浄化が完了するのです。この映画の主人公も、職権乱用も甚だしく奔走したにもかかわらず、夫と息子たちは虐殺されてしまいます。時代が落ち着き、自分が我が家に戻って来るころは、ちゃんと別の家族が住んでいます。ナチスドイツみたいですね。もちろん、今住んでいる若い家族に何の罪もありません。彼女にも優しく接してくれますが、自分は住むところを見つけなければなりません。元々教師だった彼女は、もう一度教壇に戻るようでした。

 お墓の数を見てください(写真3つめ)

 スレブレニツァの犠牲者墓地です。まだ全部の遺体が見つかったわけではないようですが。平和な時代の日本に生まれた私には、言葉もありません。
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