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2021年02月10日08:41

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『ケーキの切れない非行少年たち』この本は、『失敗の本質』以来の収穫です。

『ケーキの切れない非行少年たち』
この本は、素晴らしいです。およそ十点ほど、非常に感心し深く考えさせられた場所があります。
先般来、話題にしていますが、今後、なるべく論点が重ならないようにして、何回かに分けて説明します。

今回は、
「反省」

この本には、次のような恐るべきエピソードが取られています。

少年院に入っている者に、医官である筆者が、
「自分はどんな人間だと思うか?」と聞くと、何と八割もの少年が、
「自分はやさしい人間だ」と答えたといいます。
「どんなところがやさしいか」
「小さい子どもやお年寄りにやさしい」「友達からやさしいと言われる」というので、
当然ですが筆者が、
「君は〇〇して、人が亡くなったけど、それは殺人ですね。それでも君はやさしい人間なの?」と聞くと、
「あー、やさしくないです」
と答えるのだそうです。

私は、現実はこの話そのもの、つまり、これ以上でも以下でもないと思います。
「やさしい人間だ」と非行少年が思っているのは事実でしょう。おそらく実際に、子どもやお年寄りにやさしく接する人なのでしょう。殺人を犯した、そしてそのことを、少年院で精神科の研究や治療に当たっているお医者さんに指摘されて、自分はやさしくないと気づいたのも事実そのままでしょう。

我々だって、スピード違反をしたら、「調子に乗りすぎたかな?」「しくじった」「やばかった」とは思います。しかし、「おれは、何て悪い人間だ」「今度から、日本の法令を守って生活しよう」とは、思わないでしょう。また、普段、人にやさしくするかどうかとは全く関係がないのは、明らかですです。

こういう事件を聞くたびに思うのは、

A 「反省」は虚言である。社会に合わせる言説に過ぎない。
(ある、お宅の一部を改造して学習塾を営んでいる知人は、「都立のトップにいい内申点を稼いで入学した子どもとは、将来、飲みたくない。心にもないきれいごとを息を吐くようにいう嘘つきでないと、教員の受けが悪くいい内申を取れないからだ。」と言っていました。全部の子ではではないでしょうが、一理ありますね。)

B 自分の悪さに気が付くのは、「謙虚さ」「素直さ」など、倫理道徳の問題ではない。知性の問題である。つまり、ある種の知的能力が十分に発達していない人は、当然、気づかないということだ。
(実際に筆者が面接した非行少年も、「あー、やさしくないです」と、謙虚かつ素直に自分の非を認めています)

ということです。

「被告はろくに反省もしない、悪い奴だ」「死刑」そして、執行されても全く何の解決にもなりません。

死刑だ、無期懲役だという量刑の問題ではなく、この犯人を憎んでいる人こそ、この本を読んでいただきたいと思います。


■死刑しかない、でも長く生きて 被告に語った遺族の真意
(朝日新聞デジタル - 02月09日 12:52)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6406460
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