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2021年02月04日10:27

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星星の子。

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「多くの人にとって、
人生とは、安全な衣食住など、
一般的なことを追い求める
日常的な決まりきったものに
過ぎません。

--ゼブ・ベン・シモン・ハレヴィ 著
カバラの仕事 〜その目的と方法」
 


 
「魂は、転生し、何度も肉体をもつ、
と言う教えを受け入れるなら、
 
何千年もまえに肉体をもった魂が、
何度も転生して、
成熟した古い魂となり、

対照的に地上に数回しか
転生したことがない魂は、
若い魂であることが
わかります。


成熟した古い魂は、
精神的傾向や
内的発達において、
どの世代でも年長者の
ようなところがあり、

意志や性格に
はっきりと現れています。


その賢明で良い魂は、
同時代の人たちの
内的発達に何らかの
影響を及ぼすかもしれません。
 
--ゼブ・ベン・シモン・ハレヴィ
同本より。」







この作者の方の
なんと配慮の行き届いた
仕事なのだろう。
 


多くの場合、
新しい知識は、「力」となり
相手を圧倒する形をとったり、
 
見えない形での
支配感を増す事もあり、
 
また、それにより、
相手が硬い殻(カラ)に
閉じ込められてしまう
場合もあり、
 

その場合、盲目的な人たちを
生み出してしまう危険性が
ある事もあるだろう。



それは、
ニセの指導者が
よくやる手段でさえ
あるのかもしれない

また、
意識的に無いにせよ、
それが未熟な部分なの
かもしれない。


そういった意味で、
この作者の「配慮」は
この本の隅々にまで
行き届いている

気をつけて書かれている。



盲目的な人たちを生み出さずに
(カバラにとっての)事実に
照らし合わせて、
伝え & 提案してある。


多くの
霊的徒(れいてき と)に
おいて、

しばしば、そういった
未熟な力が
ふるわれてる中を
進む事になり、

警戒も必要かもしれない。



特に、
「何も知らなかった大人」が
 
霊的な事を読むなり
聖者の本を真似する事で
 
「知っている大人(風)」に
なってしまい

盲目的に語る中には、
この配慮は、
いっさいない。




言葉で配慮ある風に
語られてても、
そうではない


ただ、知識を示したいだけの
硬いアイデンティティのカラに
入ってしまい

そこが成熟だと思ってしまう。



この配慮が行き届き、
相手の安否に
責任を持つ 覚悟まで
あるとすれば
なんと賢明なことだろう。


たとえば、
消防車のホースを
使ってみたいだけの人と

人を助けたい消防隊員との
差はなんだろう


山登りのプロのガイドと
素人では、

どういう気のはりめぐらし
方の違いがあるのだろう。



この「気の張り巡らし方」
に、この著者の凄みを感じる


それは、とても親切であり、
行くてにあるワナを
すべてとってあげたいという
親切心から発せられているように
思う。


秘教的な道の中では
知性は、そこまで
行かないかもしれない。


秘教的な道の中で、
知性は、いつだって
自分にスポットライトが
当たる事を意識するのかも
しれない。
 


気の張り巡らし方の
違いがあるかもしれない。



それは(この本は)まるで
 
母親が我が子の
危険に鋭敏に気を巡らし
気づいているようだ



なんという本だろうと思う。
 

やがて、道を進み
この星の行く末に
目を細めるとき
 

私たちは、
この星を我が子のようにさえ思い
そのあらゆる危険を
取り除きたいと、
気を張り巡らし、

気づいたままでいられるように
するのだろうか。






頭でっかちの知性には、
「主張と権力と影響力の保持、

そして、優越感を感じるために
悟りについての知識さえ利用する
こと」もあるかもしれない。


やがて、、
その知性を眺めるとき、

静かに気づいている中心から
それを眺めるとき、

旅の用意は始まり、
本当の道が始まるのかもしれない。
 
 
そう、やっと始まる
のかもしれない

無限に続く、
命の螺旋の奉仕の旅の
はじまりが。

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