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2020年12月31日09:15

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【映画】2020年度日本映画ベストテン

1.ラストレター
2.37seconds
3.ソワレ
4.スパイの妻
5.私をくいとめて
6.タイトル、拒絶
7.mellow
8.海辺の映画館−キネマの玉手箱
9.のぼる小寺さん
10.劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン

別枠 この世界の(さらにいくつもの)片隅に
 
 
コロナ禍という未曾有の災害に見舞われた映画界だが、ハリウッド大作が軒並み公開延期された分、劇場が日本映画だらけとなり、その意味ではコロナ禍によって、より多くの人の目に届いた作品もあったのでは。
それはともかくとしても、作品のクオリティは凄まじい。10年に一度レベルの大豊作。映画史に特筆大書されるタイプの名作こそ少ないものの、「これは自分のために作られた映画だ」と思わずにはいられない、我が心の映画とでも言うべき作品が多かった。どれもコロナ流行前に作られた作品なので、その影響は見られないが、むしろビフォアコロナの作品であるにもかかわらず、この大きく変容した世界で変わらぬ感動を与えてくれることが、作品の力を示している。

中でも『ラストレター』と『37seconds』は甲乙付けがたいほど好きな作品で、この2本がツートップ。そして完成度では少し落ちるが個人的愛着では一歩も引けを取らない『ソワレ』を含めた3本は、甲乙付けがたい。この3本があっただけでも、今年は大豊作と言うにふさわしい。

『ラストレター』は岩井俊二渾身の名作。社会的な要素はほとんど無い。しかし誰もが心に抱えているであろう、人生に対する悔恨や、取り戻すことのできない思い出に対する切なさ、そして残された人生に対する希望など、個人の心の問題を徹底的に見つめることで別次元に突き抜けてしまったような作品だ。

『37seconds』は、脳性麻痺の女性が思いがけぬ冒険を通じて自己の生を力強く肯定していく物語。主演の佳山明は実際に脳性麻痺なのだが、その演技が驚異の一語に尽きる。演技者としてはズブの素人でありながら、他の名だたる俳優を圧倒する存在感を見せ、それに脅威を覚えたプロの役者たちがいつにないほど真剣な演技を見せるスリリングさ。とりわけ渡辺真起子がキャリア最高レベルの名助演。監督のHIKARIはこれがデビュー作だが、瑞々しさと安定感を兼ね備えた演出で、今後の活躍が期待される。

『ソワレ』は豊原功補や小泉今日子が設立した映画製作会社「新世界合同会社」の第1回作品で、監督の外山文治もこれがデビュー作。殺人を犯してしまった男女の逃避行を描いた、テレンス・マリックの『地獄の逃避行』や長谷川和彦の『青春の殺人者』を思わせるような作品だが、これが「私のために作られた映画」と言いたくなるほど、個人的なツボにはまった。終盤の展開が作為的過ぎるなど欠点はあるのだが、そんなことはどうでもいいと言えるほど愛しい作品になっている。ウェットな質感に満ちた絵作りも素晴らしいが、本作を支えているのは何と言っても主演の芋生悠だ。『37seconds』でも重要な役を演じていたが、そちらとは似ても似つかない暗く薄幸な魅力で、1970年代青春映画の香りを今に復活させている。

『スパイの妻』は黒沢清の新たなる傑作。一見理路整然としたミステリーに見えながら、その実いかようにも深読みができる意地悪な作劇に魅了される。まるで夢の中のように仄暗い映像や、演劇的な様式を思わせる蒼井優の演技も大きな見どころ。

『私をくいとめて』は監督 大九明子/原作 綿矢りさという、大傑作『勝手にふるえてろ』コンビの新作。そのヴァリエーションかつ進化形といった趣で、三十代前半女性の自意識や他人との距離感、自分の居場所はこの世界のどこにあるのかといったテーマが追究される。主人公のキャラクターは『勝手にふるえてろ』とほとんど同じと言っていいほどだが、年齢が上がり自分の世界(=自分の殻)が固まってしまった分、そのこじらせ方もより深刻でリアルなものとなる。主演ののんは、松岡茉優のように緻密な演技設計によってキャラクターを構築していくタイプではなく、天性の勘と存在感でキャラクターと自分を無理矢理融合させてしまうような暴力的なタイプ。1つ間違えばドン引きされるキャラを、見事にわかりみ深いものにしている。いささか冗長に思える部分やぎこちない語り口も見られるため、『勝手にふるえてろ』には一歩及ばないが、それでも大九明子の面目躍如な傑作。
なお大九明子には今年『甘いお酒でうがい』という作品もあり、こちらはアラフィフ女性が主人公。綿矢りさ原作の2作とはだいぶ質感が違うが、こちらもかなりの良作で次点候補だった。

『タイトル、拒絶』は、□字ックの舞台劇を作者の山田佳奈自信が映画化したもの。近年の小劇場演劇の映画化としては、最も優れた作品の1つだ。デリヘルで働く女たちの生き様を、磨き抜かれた台詞と構成で描く。生々しく悲惨ではあるが、暗くはなく、むしろ女たちのバイタリティを感じさせるところが、最近の小劇場らしい。狂言回し的なポジションの伊藤沙莉もさることながら、恒松祐里が『スパイの妻』の家政婦役とは似ても似つかぬ演技で、ぞっとするような空っぽさを表現し、強烈な印象を残す。

『mellow』は、近年活躍が目覚ましい今泉力哉の作品。今年は『his』も公開され、そちらも非常に良かったし、テーマのシリアスさなどから言えば、そちらを推すべきだが、私は本作のほんわかとしたゆるさと優しさが非常に気に入った。特にともさかりえのエピソードは、今思い出しただけでもニヤニヤ笑いがこぼれてしまうほど愉快。岡崎紗絵をはじめ出演者の美女度が凄まじく、その眼福ぶりも大きな魅力。

『海辺の映画館−キネマの玉手箱』は、私の映画史の中でも重要な位置を占める大林宣彦の遺作。ここ数作に共通する傾向だが、本作はとりわけ情報量が凄まじく、実のところ一度見ただけではとても全てを掴みきれない。だがイメージの奔流そのものが映画としてのグルーヴを生み出し、通常の「物語映画」よりも、むしろ音楽に近い「純映画」のような何かになっている。十全に理解できたとはとても言えないが、本作が2020年の傑出した1本であることは間違い無い。

『のぼる小寺さん』は、ボルダリングに挑む高校生の姿を、まったく熱血ではないほわほわしたタッチで描いた青春映画。本作を見た最大の理由は、『聲の形』や『若おかみは小学生!』などの天才脚本家 吉田玲子の初の実写作品だったから。過去のアニメほど強烈な感動はないにせよ、その才能は実写映画においても健在。今の日本で「この脚本家の映画なら必ず見る」という人は、吉田玲子以外にいない。ずいぶん久しぶりに見た古厩智之の演出も手堅いもの。

何しろ大豊作の年なので最後の1枠は悩んだのだが、あの悲劇を乗り越えようとしている京都アニメーションへのエールも込めて『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』に。結果9位と10位に吉田玲子脚本作品が並ぶことになった。ただこちらの脚本は冗長な部分が目立ち、吉田玲子作品として上出来とは言いかねる。最初から決まっていた設定だとは思うが、「実はギルベルト少佐は生きていた」というお話自体がどうなんだというのが正直なところ。しかしそれを補って余りあるのは映像の驚異的な美しさで、もはや商業アニメのレベルを超えた、アートと言っていいほど美しい作画や色彩。その少なからぬ部分が、あの悲劇的な事件によって命を奪われたスタッフの手になるものだと思うと、やはりこの作品を落とすわけにはいかない。

次点は、すでに名を上げた『甘いお酒でうがい』の他『アルプススタンドのはしの方』『滑走路』など。歴代興行記録を塗り替えた『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』も、1本の映画としては不満があるが、シリーズ全体は大好きである。

そして「別枠」としてあげた『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』だが、もし純粋に作品の出来で並べた場合、実は本作がベストワンにくることになる。しかし、追加シーンや細かな修正によって、オリジナルとはニュアンスの違う、さらに優れた作品になったとは言え、やはり完全な新作ではない。オリジナルは2016年作品。本作も私が見たのは2020年1月3日だが、公開日は2019年12月20日だ。あらゆる点で、「え?これを今さら2020年のベストワンに選ぶのか?」という違和感がある。他に強力な作品が無ければ、そのままベストワンに選んでいたが、『ラストレター』『37seconds』をはじめ、どの年に見ても年間ベストにくるような作品が並ぶ中、あえて半分旧作の『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』をトップに据えるのはいかがなものか…ということで、今回は「別枠」扱いとした。また「2020年代ベストテン」などで顔を出してもらうことにしよう。
 
 
日本映画の欠点として前から指摘されるように、今回上げた作品も社会的テーマが希薄なものばかりだ。『レ・ミゼラブル』『ハニーランド』がトップに来た外国映画とは好対照だ。
 
だがここに並んだ作品は、その分「個人の魂」に関する問題をどこまでも追究したようなものが多い。外国映画勢のように広大な世界を見せてくれはしないが、どこまでも個人の心に寄り添う親密さ、強い共感力を持っている。それはそれで極めて貴重なものであり、日本映画の大きな特質として大切に育てていけば良いのではないだろうか。結果的に、外国映画ベストテンよりはるかに多い文字数を費やしてしまったのも、そんな共感力のなせる技だ。
 
 
しかし今年公開された作品はコロナ前に作られたものばかりなので、内容的に充実したものとなったが、コロナ禍の中で製作されることになる来年以降の作品はどうなるのか。さまざまな物理的困難が待ち構えていることは想像に難くないが、むしろそんな時代にこそ、広大な世界ではなく、個人の内面に向かう日本映画の特質が、大きな強みとなる可能性もあるだろう。
 
 
そしてもう1つ、この文章を書いていくうちに気づいたことがある。何気にこの大豊作を支えている主力パワーは「女性」たちだということだ。
男性で際だった存在感を見せたのは、岩井俊二、大林宣彦、黒沢清というベテラン監督勢と、役者では『ラストレター』の福山雅治と豊川悦司くらい。全員50歳以上(大林に至っては故人)。それ以外に目立った存在と言えば、『ラストレター』出演の広瀬すずや松たか子、『37seconds』監督のHIKARIに出演の佳山明と渡辺真起子、『ソワレ』出演の芋生悠、『スパイの妻』出演の蒼井優、『私をくいとめて』監督の大九明子に出演ののん、『mellow』のきら星のごとき美女たち、『のぼる小寺さん』『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』脚本の吉田玲子など、圧倒的に女性たちなのである。しかもほとんどは若い世代。今の日本映画界が男女平等になったなどとはとても言えないだろうが、黒澤明のような男性的作風が頂点にあった頃とは違う、日本映画の新たな黄金期を感じさせる。時代は確実に変わっているのだ。

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