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その日から私は再び書き始めた。まずは、昔ならドラマでよく目にするように、原稿用紙をくしゃくしゃと丸めて放り投げるところかもしれないけれど、私は保存していたいくつもの書きかけのファイルを全て、エンターキーを叩いて削除した。
先のことなど考えなくていい。私がおじーちゃんのそばにいればいいんだ。そうしたらおじーちゃんは動き出してくれる。
私はどんな私がいい? 私は、小説の中の私は・・・・。うん!
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「ねぇおじーちゃん、ちょっとずつだけど、私の書いた小説、読んでくれる? ケン君が挿絵を描いてくれてるんだ」
「おいおい、それって新しいスタイルのおのろけかい? あぁ、おのろけってわかるよね?」
祖父はベッドの上で身体を大儀そうに起こしながらそう笑った。祖父はベッドの上にいることが多くなっていた。そこは私のお気に入りの場所だったのに。
私は毎日、原稿用紙にしたら2枚、多くても3枚までにしようと決めて書いている。高校生だってそうそう時間を持て余しているわけではないのだ。気持ちは逸(はや)るけれど、抑えて抑えて、少しずつ少しずつ。元々私は極端に筆が遅いのだ。
そんな断片を彼に読んでもらい、彼が次の日に挿絵を描いてきてくれる。それをスキャナーで読み込んで原稿に貼り付けた。
祖父は毎日夕食の前に私が手渡す原稿を心待ちにしてくれているようだった。私が小さくノックをして部屋に入っていくと、必ずベッドから起きだして大きな両袖机の前に移動してから私の原稿を受け取った。私はそそくさとお気に入りの場所を取り戻し、さすがに横になるのは憚(はばか)られたので、ベッドの上にあぐらをかき、祖父が読んでくれる姿を眺めていた。ドキドキではない。ワクワクしながら。
ときには彼から受け取った挿絵が意に沿わないこともあった。でもダメ出しはNGの約束だ。そんなときには歯がゆさも感じたものだけど、それなのにそんな絵に限って祖父は呟いた。
「今日の絵はいいなぁ」
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