【連続ブログ小説 第22話】
もしかしたら自分はもう、現実とは別の世界の住人になってしまっているのかもしれない。その恐ろしい想像は私を苛(さいな)んだ。もう与えられた時間も僅かになった今になって、まさかこんな新たな辛酸(しんさん)を舐(な)めることになるなどと考えてもみなかった。だんだん自分の一挙手一投足が恐ろしくなっていった。今、こうしている自分はどこの世界にいるのか、それが明らかでない毎日は、ただ怖かった。
「お察ししますわ。自分自身を疑わざるを得ませんものね。それはとても辛いことですわ。それからあなたはどうなさったの?」
「何もできませんでした。ただただ思い悩むばっかりで。けれどもそうこうするうちに私は倒れて入院することになりました。医者が見放した末期患者です。もうすぐ死ぬんです。覚悟はできていましたけど、実際そうなってしまえば、もうアルツハイマーだの何だのと思い煩う以前の事態でした。私の頭がどうなっていたのであれ、私の妄想と共に私は消えてしまうんですから」
「ですわね。でも、幸いなことにあなたは生きてもどっていらした。それは本当に祝福されるべきことですわ。でもそうなるとまた、あなたの苦悩ももどってくることになりますわね?」
「はい。でも、限りなく死に近づいた経験は、皮肉なことに自分を疑う苦しみを和らげてくれたような気がします。今さらそんなこと、という感じですかね。それに時の流れが偉大だと言うべきなのか、人間の脳の危機管理能力が偉大だと言うべきなのか、私は彼女が消えた事実を頭から追い払うように心がけていましたし、やがて苦しみは少しずつ薄らいで行きました」
「それはよかった。世の中にはいろいろと人間の知らないことはありますわ。全てを合理的に理解するなんていうことは不可能ですもの。自分を疑うよりも、それはそんなものだと受け流すのが一番ですわ」
「そうかもしれませんね」
★作中に登場する人物団体等は実在のものと一切関係ありません。
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