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2020年12月24日09:22

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連載小説第3弾 淋しい生き物たち − 誰か私の小説を読んでください 第40話

         〇    〇    〇

 私は書き始めた。けれども、たった数行で壁にぶつかってしまった。私が祖父になり、祖父のモノローグの形で物語を展開させる。その着想は気に入っていたからその形で書き始めたのだけれど、同じ干支(えと)である祖父と私との間には60歳の年齢差がある。私が祖父になって書くためにはその差を埋めなければならなかった。ネットで祖父が中学生だったころの時代をさんざん調べた。どんな社会状況だったのか、何が流行っていたのか、大きな出来事は何だったのか・・・・。
 17歳の私が祖父になるのだ。できる限りそれらしくなりたいから、近くにある老人ホームを訪ねて取材もさせてもらった。祖父よりは少し年配の人が多かったけれど、お茶飲み話のテーブルに座らせてもらったら、私が尋ねるまでもなく、いろんな昔話をいっぱい聞かせてくれた。昔の映画やテレビドラマの話はとりわけ盛り上がっていた。
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 そんなふうにずいぶんいろんな知識は手に入れたけれど、祖父からも圭子さんへの思いや当時の中学生たちの心情は聞き取っていたけれど、やはり私は60年前の中学生にはなれなかった。でも、それができなければ、私が祖父になって祖父の初恋を描写することはできないのだ。
 早く祖父に読んでもらいたい、その思いから、とりあえず書き出してはみたものの、気持ちが焦れば焦るほど私の文章は迷路に迷い込んだ。祖父の初恋を祖父になって書く。その着想は降ってきたのに、そこには決定的に無理があった。
 私の迷い込んだラビリンスはずいぶんタチが悪いみたいだった。

「どうしたの? 最近、冴えない顔ばっかりしてるけど」
 彼がそう言った。
「ごめんね。ちょっと芸術的悩みに落ち込んでてさ」
 私がおどけるように言うと彼が返してきた。
「書けないんだ?」
 白状しようと観念した。
「私、初めて誰かのために書こうとしてる。まずはおじーちゃんだけど、その次はケン君で、それからブログで連載してそれを読んでくれるかもしれない人たちのために」
「お、それ、かっこいいかも。ぼくは誰かのために絵を描こうなんて思ったことなかったよ。クーちゃんがもし私を描いてとか言ったら懸命に描くと思うけど、多分どれだけ描いてもなかなか自分が納得はしないだろうな」
「そっか。だよね。そういうものかもしれないな」
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