10月4日、岐阜県東白川村へ行ってきました
岐阜駅から高山本線を飛騨川に沿って北上します
青く見えるのは川辺大橋で下はダム湖です。
飛水境と勝橋。
飛山橋。
上麻生ダム。
二両編成、乗客は私と若い男性一人しか居ません
白川口駅で乗客は二人とも降ります。
そして私はバスに乗り換え
飛騨川に北東に直交する白川沿いを遡行して行きます。
流紋デイサイトと思われる岩盤が両岸に。
白川周辺はほとんど火砕流によって形成された地質です。
神谷橋。
9:30に白川茶屋に到着、バスを降ります。
https://shirakawachaya.jimdofree.com/
客は全く居ません
朝食用に「へぼ飯」が欲しかったのですが、「朴葉寿司」しかありませんでした。へぼとは蜂の子です。飛騨や信濃では高級食材で、母方の実家が信濃町だった私は幼児の時から食べていて大好きなのです。
なので名物「つちのこ焼きⓇ」の餡と朴葉寿司を購入。
ここからは徒歩で白川沿いを行きます
↑上流側。↓下流側。
道脇のチェーン装着スペース?はトイレとして使われてしまうみたいで、ここ数年で看板が続々増えて、鳥居まで設置されて対策しているようです
画面中央に先ほどの鳥居
同じ地点の橋の上から上流側。
この周辺だけ地質が違っていて、閃緑岩と思われる岩盤層が見えます
サワガニがお亡くなりに成ってました。
猿に襲われたのでしょうか。
看板下の「つちのこ捜索・大作戦・毎年5月3日」が目を引きます。
「つちのこ館」と「木の家きつつき」に到着。
白川茶屋から、つちのこ館までは2.5kmくらい。
https://twitter.com/tuchinokoyakata?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor
「きつつき」には各種材木と加工品のサンプルが置いてあります
艦船マニアにはお馴染み、つい最近までプロペラ軸受けに使われていた「リグナムバイタ」も有ります。
知識で名前は知っていても、現物を見た事が有るマニアは殆ど居ない印象です(首都圏なら新木場の材木博物館で見れます)
河原に降りてみました。
いよいよ、つちのこ館に突入です。
つちのこ焼きは白川茶屋では150円だったものが、ここでは数日前の10月1日にリニューアルオープンした記念で特価70円で売ってました。やられた〜
館の中には資料館が併設されてます(有料)
飼育されてるツチノコが
生きてる証拠に動きます。
右側で細長い板だけ動いていますが、心の声が無視しろと訴えかけてきます
つい先日、E−TV「幻解!超常ファイルE+ 幻のツチノコを追え!」の再編集版が放送されてタイムリー。
「あなたは何んのフレンズ?」
昼食は早めに、つちのこ館隣の焼肉屋「白草」に一番乗り。
地元名物とんちゃん+けいちゃん定食を頂きました
ガスコンロのプレートで焼く形式で、タレは生姜とニンニクが選べます。
ここは確実に美味いです
僻地にポツンと建つ焼き肉屋ですがご主人の食材への拘りが半端じゃない。
単車乗りに口コミで広まってるらしく、コロナ禍とはいえ開店直後からバイク集団が続々とやって来て驚きました。というか、この日初めて見るまとまった人間の数です。
http://www.50913.ne.jp/shirakusa/
再び上流へと。
つちのこ館を振り返ります。
下の河原を横切る形で断層が伸びます。
この周辺は奇麗な碁盤目の形で断層が広がっているのが特徴です。
同じ位置から上流方向。
画面左手の地点へ移動します。
道の付け替えが行われ、左の橋が旧道ですね。
交の渡橋(1931)
しばらく行って振り返り。
赤く見える場所が先ほどの旧橋。
村落に向かう旧道と、川沿いの新道。
マンホールウオッチ。
薪は暖房用ではなく、何かを燻すのに必要なのだと想像。
新旧Y字交差点を振り返ります。
村役場前の「四つ割の南無阿弥陀仏碑」。
石碑が見事に上から見て十文字に割られてます。
旧道は味わい深い物件多数。
疎水や現役の消火バケツも見所です
「外川端(かばた)」
カバタは滋賀の針江独特の文化と宣伝されてますが、飛騨川長良川流域でも見られます。
勿論、水が綺麗な事が大前提です。
自治体が建物など歴史遺産のオリジナルを保存する事も大事ですが、私はそれ以上に民家がそこに住んでいる住民の手で少しづつ手を加えて住み続けてる光景にこそ興味があります
こちらは「内川端」。
鯉やら名前の分からない小魚が用水と行き来し泳いでます
食事の終った食器を台所内の川端に入れると魚達が奇麗にしてくれる仕組みです
何も家電の自動食器洗い機ばかりが優れた仕組みとは限りません。
物事は新ければ新しいほどに価値があり、古い物は劣っているので潰すべきだという消費を煽る、それに同調する風潮には私は賛成できません。
印刷屋さんもいい味出してます。
中学校横の用水。
今年の大雨でどこへ行っても水量が多いです。
旧道は再び新道と交わります。
つちのこ館からここまで1.5kmくらい。
この3km程先には越原集落と道の駅・茶の里東白川等がありますが、流石にしんどいので行きません。
当初の予定では岐阜ではなく中津川を策源として、バスで加子母へ。そこから3kmほどキックスケーターで越原に。さらにバスで逆経路からアクセスする作戦を考えてました。
再び旧道を引き返します。
役場まで戻りました。
役場から15%急勾配の坂道を途中配水タンクを見たりしながら延々登って「はなのき館」に到着。
広大な駐車場には全く車両は見られません。
下は人工的な崖ですが大規模工事の跡に植林した痕跡が。
この周辺だけ砂岩の堆積層ですが土砂崩れを起こしたか、駐車場を作る為に谷を埋め立て土盛りをしたか。
はなのき館は静まり返って照明も機器も電源が落ちており、まるでゴーストタウンで人っ子一人気配がしません。
はなのき館と駐車場を挟んで反対側。
左から平和記念碑(1995)、日清戦争忠魂碑(1909)、日露戦争忠魂碑(1909)、日中戦争以後の慰霊碑、満州開拓慰霊碑(1994)。
土蔵は米国から返還された戦死者の遺品等々戦争関係の遺構を展示した記念館。
第一第三日曜13〜15時営業。
が、勿論誰も居ないので錠前がかかったままでした
再び貸し切り状態のバスで白川を下ります。
バスは新道より勾配はキツイし道も狭い旧道を走ります。
勿論、新道にバス停を設けたところで、民家は対岸の旧道沿いに存在してるので、川を越えて新道へ行く手段が無いからです。
だいぶ降りて白川町和泉地区まで戻りました。
旧「白川橋」(1926)と、向こうは名倉発電所(1936).
白川口駅。
旧白川橋は現在車両通行は出来ません。
上麻生ダムの向こう岸の魚道に注目。
手前は上麻生発電所で使う水を一旦貯める調整池(細尾谷ダム)への水路。
飛水峡(チャート)
岐阜駅に戻ってきました。
新ヒーロー「ノブナガマスク」がお出迎え。
信長バス。
名鉄名物丸窓がある市電「モ513」が駅前に保存されてます。
狂ったようにデテールを撮影
幼少の頃に長良に住んでましたが、岐阜市内中心地の記憶はお城と市電と長良橋(長良川)のみなのです。
夕飯は「円相」で。
岐阜郷土料理「いももち」
そして地酒飲み放題
「長良川」でスタート、「達磨正宗熟成三年」「天領(熱燗)」「兔心(ところ)」と次々と飲みまくりです。
そして「白川郷 生にごり」。粘度が超高く、お酒は食べ物って感じです。
白川で鮎釣りが盛んだったのを見て、中津川産「鮎の刺身を」。
店員の兄ちゃんが下呂出身で「今日は東白川へ行って来たんですよ」とか「四歳まで住んでたんですけど、当然郷土料理も地酒も分かりません」と話が盛り上がり
「漬物ステーキ」。
これも郷土料理で漬物を卵でとじた物。
まさに酒の肴にピッタリ。
https://enso.ne.jp/kuraudo/
岐阜の夜は更ける
そして夜食は東白川村で買った名物「朴葉寿司」。
おしまい。
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