大人の休日俱楽部パス2日目の11月27日は、岩手県の奥州市に行って来ました。
奥州市は、2006年に水沢市や江刺市などが合併して出来た市で、
今回行ったのは、旧水沢市でした。
旧水沢市は、高野長英、斎藤実、後藤新平の出身地で、それぞれ記念館があります。
さらに国立天文台もあって、見学出来るようなので、面白そうだと思いました。
宇都宮から一関に行って、在来線に乗り換えて水沢駅に着きました。
駅から先ずは、後藤新平記念館を目指しました。
後藤新平は、ご存知の方も多いかと思いますが、
元々は医者で、台湾総督府民政長官、南満州鉄道(満鉄)初代総裁、
現在のNHKの初代総裁、逓信大臣、内務大臣、
東京市第7代市長等を務めた人物です。
特に、関東大震災後の東京の復興計画を建て、
現在の東京の都市の骨格を作りました。
僕は、土佐の後藤象二郎と混乱している所がありましたが、
今回整理が出来ました。
記念館の手前に、後藤伯記念公民館があって、
はじめこれが記念館かと勘違いしましたが、
この公民館は正力松太郎が寄贈した日本最初の公民館との事で、
現在も使われていました。
記念館では、膨大な資料があってとにかく勉強になりましたが、
中でも、後藤が医者として、
日清戦争後の帰還兵の検疫を行うため奔走したとの話があり、
それは西南戦争の帰還兵の中にコレラ患者が出た事で苦労したからだとの話が
面白かったです。
その他、新渡戸稲造を台湾総督府の技師として、農業の振興を行ったなど、
当時の人間関係を知る事が出来ました。
記念館のHPは下記の通りです。
http://www.city.oshu.iwate.jp/shinpei/
更に街中を歩いて、奥州武家住宅資料館、後藤新平旧宅、高野長英生誕地を見て、
斎藤実記念館に行きました。
斎藤実は、海軍の軍人でしたが、内閣総理大臣にもなった人で、
総理大臣を辞めた後、2・26事件で反乱軍の兵士に襲われ殺害された人です。
記念館には、斎藤実の幼少期からの資料が展示されていましたが、
特に、2・26事件の際の血染めの枕や銃弾に撃ち抜かれた鏡などが展示され、
当時の新聞記事などおびただしい資料によって、
知識としてではなく、2・26事件を体感したような感じになりました。
斎藤実と後藤新平、いずれも朝倉文夫が像を作っていて、
いずれも良い作品だと思いました。
記念館のHPは下記の通りです。
http://www.city.oshu.iwate.jp/htm/soshiki/syakai/kousui/top.html
記念館から近くに日高神社に寄りました。
参道が直角に曲がっているのが珍しいなぁと思いました。
神社から昔の武家屋敷の通りのような道を通って、
途中の町の駅の蕎麦屋でお昼を食べた後、
水沢天文台の奥州宇宙遊学館に行ってみました。
水沢の国立天文台は、1899年に国際的な緯度観測のために設置されたもので、
世界各地の北緯39度8分の所に観測所を設けたのが始まりのようです。
宮沢賢治も足しげく通っていて、
彼の作品には天文台で得た知識が反映されているとの事です。
屋外の直径20mのアンテナは、迫力がありました。
昨年4月に、初めてブラックホールの撮影に成功しましたが、
世界中の多くの研究者からなるチームに、
田崎文得国立天文台水沢VLBI観測所特任研究員も参加していたとの事で、
各所にブラックホールの写真がありました。
遊学館のHPは下記の通りです。
http://uchuyugakukan.com/
宇宙遊学館から、駒形神社を経て高野長英記念館に行きました。
江戸時代後期の蘭学者で、シーボルトから学び、蛮社の獄で牢に入れられます。
火災の際に脱獄し、その後逃亡生活を送りますが、
役人が隠れ家を急襲し、その際に自殺しています。
高野長英記念館は、奥州市立の記念館です。
椿椿山が描いた長英像を所蔵していますが、展示されていたのは複製でした。
長英が伝馬町の牢から逃げ出した際に着ていた衣類の袖が展示されていました。
昔の獄衣はこんな感じかと思いました。
展示されていた資料は複製が多かったですが、
時間の関係もあって、余り丹念に見る事が出来ませんでした。
入口に、何故か彫刻家の舟越保武の「ANNA」の石膏像がありました。
記念館のHPは下記です。
http://www.city.oshu.iwate.jp/syuzou01/
高野長英記念館から歩いて水沢駅に戻り、
来た時と逆のコースで帰って来ました。
水沢の街、とても良い街だと思いました。
今回の様子をアルバムにアップしましたので、宜しければご覧下さい。
http://photozou.jp/photo/album/2882708
明日は所用のため、日記などを休ませて頂きますので、
お含みおき下さい。
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