社会的には簡単でね。
医者に診断書書いてもらって障碍者手帳をもらえば障碍者。
でもさぁ、手帳出ないレベルでもあちこち大変で生活苦労する、
そういう人たちは障碍者じゃないのかい?
耳が聞こえないのだって、年取って少し遠くなっただけでも、
大事なこと聞き洩らしてあとで困ることもあれば
周囲からいきなりでかい声出されてなんか傷つくこともあるぞ。
ワシの母親は60代から耳が遠くなりはじめて
今はきちんと補聴器のいいやつつけている(90です)から大丈夫だけど、
耳遠くなりはじめたときはそりゃ苦労してたよ、どうしていいかわからなくて。
ワシ自身も、こどものころからの先天性股関節症で股関節も膝も変形、
痛くて歩くの大変なこともあるし、
ベースに軽いけどいろいろ自己免疫な疾患もあるので、
むくんだり皮疹でたりかゆかったり視力落ちたり、
けっこう大変、でもこのレベルだと手帳はでない。
それを言うなら中高年以上で身体のどこにも全く問題ない人間のほうが少ないだろ。
じゃあ少し問題あるくらいは「普通」じゃん。
問題ある場所は人によって違う、それが「個性」じゃん。
障碍者手帳もちは自分たちが一種の特権階級にいることをわかっているかい?
ものすごく痛くてびっこひいているときに障碍者駐車場にとめようとしたら、
でかいワゴン車がすーっととまって中からわかいかーちゃんと子が走って降りてくる。
そこを呼び止めて「場所譲ってください」って言うんだよ。
手帳ないけど。
どうどうと車いすシールはって障碍者でござい、って
やれたらどんなに便利だろ。
いろんな補助受けて少しでもたすけてほしいけど無理だって知っている。
だから「まあ仕方ないよ」と自分に言って生活している
「障碍者未満」の人間にとっちゃ、障害があってもそれが個性だよ。
たまたま足が痛くて歩きにくい、っていう個性だよ。
■「障害は個性」、それ本当? 当事者が感じる違和感とは
(朝日新聞デジタル - 09月10日 09:19)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6226386
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