mixiユーザー(id:11464139)

2020年06月19日09:25

51 view

連続ブログ小説 淋しい生き物たち−少女の欲しかった日 第63話

 宿に戻ると庭でおばあが洗濯物を干していた。ふたりを見とめると、頬を緩め、
「お帰り。今夜も泊まるか?」と訊いた。
 もうとっくに船は港を出、鹿児島に向かっている。
「明日は船は入るんでしたっけ?」
「欠航があったから入るよ」
「じゃ、もう1泊だけお願いできますか?」
「いいに決まっとる。何泊でもしていけ。もう1人来ると言うてたが結局来んかったしな」
「よろしくお願いします」
 ふたりはそろって頭を下げた。おばあは上機嫌に見えた。
「ところでハリちゃんは朝飯食べとらんかったが調子でも悪かったんか?」
「あ、せっかくのご飯ごめんなさい。ちょっとお腹が痛かったんですけどもう全然です。冷蔵庫の中だから大丈夫ですよね? 晩ご飯のときいただきます」
「私なら食べるがハリちゃんには食べさせられん。また腹が痛なったら困るでな。今頃はもうクジャクが食べ終わっとるやろ」
 おばあは笑った。

          フォト   
 その晩、おばあは自分の食事を食堂に運んで来た。
「ご一緒していいか」
「いいともーっ!」
 ふたりは声を合わせて叫んだ。
「何だ、ふたりとも。びっくりするよ」
 おばあはそう言いながら食卓の上に皿を並べ終えると、台所に消え、それから両手にジョッキグラスを持って戻ってきた。
「ハリちゃんにはジュースでも持ってくるか?」
「あ、私は結構です。甘いのダメなんでお茶で十分です」
「そうか。ほれ、私のおごりだよ。今夜は送別会や」
 そう言うと彼の前にジョッキを置いた。
「ありがとうございます。貧乏人なんで遠慮なくご馳走になります」
「そんなことはわかるわ。金持ちはうちには泊まらん」
 ハリは急いで急須から湯呑に茶を注ぎ、
「いろいろありがとうございました!」と湯呑を掲げた。おばあと彼がそれにジョッキを合わせる。
「今日は女将さんのお話をいっぱい聞きたいです」
 ハリが言うと、おばあは顔をしかめて首を振ったが、ハリと彼がもっと大きく首を振ったので、おばあは天を仰いでから、観念した。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する