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2020年06月17日09:20

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連続ブログ小説 淋しい生き物たち−少女の欲しかった日 第61話

「普通は宇宙からどこかへ姿を現わそうとするとき妨害するだけで、もうそこに実体を形成してるのに、それを消すようなことはしないんだけどね、私ちょっと契約違反してしまったから強制措置って言うのかな、そんな感じ。もちろん、妨害とか契約とかは比喩。実際にはオーダキリカは取り締まりをしてるわけでも見張ってるわけでも妨害してるわけでもないんだよ。意思さえ持ってない」
「ハリの仲間って言うか、同じ存在は無数にいるんだよね?」
 ハリが頷く。
「じゃあオーダキリカも無数にいるのかな?」
 わけのわからない中で何を質問していいのかわからなかったが、とりあえず彼はそう訊いた。
「うーん、オーダキリカはひとり、と言ったら比喩が過剰だから、ひとつだけって言おうかな。人間がする作業とは全然別の営みだから、ひとつで無数の存在を管轄することができる」
「よくわからないけど、ということはこれからも強制措置的な営みが行われて、ハリが突然消える現象は起こるってこと?」
「ああ、それは大丈夫。当分消えない。ううん、ずっと消えずにいられると思う。さっき言った契約の内容を変更してきたから。
 悪いけどどんな契約をどう変えたのかっていうのは訊かないでね。無理やりこじつけたら、観光ビザで渡航して、必要以上に長く滞在したり働きすぎたりしたら強制送還されるでしょ? それで言うと観光ビザを就労ビザに変更したってとこかな。うん、これはなかなかいい例えだ。だから国籍を取得したわけじゃないけど、今日みたいに突然消えることはない。しないから安心して」
 詳細は分厚い霧の中だったが、それは大いに心の安らぐ情報だった。
「私たちは−『たち』っていうのもしつこいけど比喩ね−便宜上、私たちは、実体のない存在として生まれて、生じて、かな、人間なら生まれてからいろんな経験をして育っていくでしょ。でも私たちには経験を積むことはできないの。それで、生じてから自分の望む方向にちょっとずつ、えーと、単位を修得していくの。そう、学生が単位をとっていくのと同じように。その営みは例えば砂丘で砂粒を拾う行為に似てるかもしれない。ひと粒ずつ、砂を拾っていく。わかりやすく言ったら、これは自転車に乗る能力の粒、これは会話をする能力の粒、これは泳ぐ能力の粒って感じで、人間が赤ちゃんのときから数えきれないほどたくさんの経験を重ねていくみたいに、数えきれないほどの砂粒を拾っていくの。もう言うまでもないと思うけど、実体がないんだから砂粒を拾うっていうのも便宜的な表現ね」
           フォト    
 便宜的な表現や比喩がなければ彼にはそれこそ砂粒ほどの理解もできなかっただろうが、現実世界の住人である彼はつい比喩のイメージに引きずられてしまう。ハリが砂丘で砂粒を拾っている姿を脳裏に描いてしまっていたものだから、ハリの補足は決して言うまでもなくはなかった。
「で、単位になぞらえたからそれに合わせると、それだけ拾えばOKですというラインが設定されてるのね。試験みたいなものはないけど、条件を満たしたら卒業っていう感じ。いろいろと制限はあるんだけど、卒業したら、好きなように動けるようになる。私の場合、そこに至るまでに、この世界の時間で言うと16年かかったわけ。それで卒業したらすぐにお父さんの前に現れたんだよ。最初のころは慣れなくて不自然なことも多かったけど」
 ハリはすぐに自分のところに来てくれたのかと彼は思った。
「もっと早くに卒業できる人、比喩ね、もいるし、もっともっと長くかかる人もいる。
そうだ、私は人間を目指したけど、別に何も目指さなくてもいいし、あんまりそんな人はいないけど、アメーバとかウィルスとか単細胞生物を目指したとしたら、能力の砂粒を拾うのも話は早いでしょ」
 彼は初めてニヤッと笑った。
「ハリ、ウィルスは細胞を持ってないから他の細胞に寄生するんだよ」
「あ、やっちゃった。卒業取り消されちゃうね。これでも大学卒業程度の砂粒は拾ったんだけど」
 ハリも笑った。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】
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