大学入試の日程を遅らせた場合、
1 中下位の大学が、AOをやって青田刈りをする。だから、上位大学に行く人材を確保できなくなる。
現在の入学試験は、大学のレベルの保証という性格があるのは明らかです。たとえば、語学や外国文学。旧帝大と同じ単位認定をしたら、真ん中くらいの私大は、ほぼ全員単位を落とします。だから、資格習得が至上の命題であり、資格を取ってからもかなり勉強しないと務まらない医学部が、旧帝大も新設も同じようなハイレベルなのは、当然のことです。
エリートを育成しようと思ったら、くじ引きで東大入学者を決めるわけにはいきません。医学部入学者をくじ引きで決めたら、挫折する人が多くなり、医者の数も医療のレベルも確保できないのと同じです。
2 だから、AOやスポーツ推薦を一定程度にする行政指導をするべきですが、文部科学省は、あてになりません。
おととしの東京医大事件を考えてみてください。元は、テメエのところの職員の汚職です。
また、ここ数年の私大の定員の締めつけをみてください。法政が他大学に逃げる数を見誤って、140%も取ってしまったことから始まります。しかし、よくよく考えたら、文科省の無策です。法政は占い師ではありません。正確に入学者の数を推定できる補完的な制度を文科省は作るべきですが、それを怠ってきました。
3 国公立は、共通テスト(センター)がなくて構いません。
○×式の問題を最初に載せて、マークの機械にかけて採点し、その成績があまりにも酷ければ、答案を廃棄すればいいだけです。
今は、模試が発達しています。だから、全然できないヤツが、「五浪しても東大を目指す」ことはあっても、「本当に受かると思って東大を受ける」ことはありません。
また、古典的なテーマ(共通一次発足のときから言われていた。センター反対の根拠)ですが、一次試験が一月に実施されるから、高校の課程(クラブも含む)が短くなります。
そもそも、共通一次は、「日本のバカロレア」を目指すということで始まったはず。
バカロレア(そのうち下記は人文系)は、
時間から逃れることは可能か? (Est-il possible d’échapper au temps ?)
芸術作品を解釈することは何になるのか? (À quoi bon expliquer une œuvre d’art ?)
ヘーゲル『法の哲学』(Principes de la philosophie du droit) からの抜粋の解説
という、テーマに対する記述問題。
これと、最も遠いテストは、旧共通一次、センター試験。
さらに遠ざかっているのが、共通テスト。
結局、入試制度は変えれば変えるほど、悪くなります。
■大学入試、1カ月後ろ倒しを要望へ 全国高校長協会
(朝日新聞デジタル - 06月13日 19:13)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6118931
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