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2020年06月12日10:36

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連続ブログ小説 淋しい生き物たち−少女の欲しかった日 第56話

「おばあ、昨日と雰囲気違ったよね」
 彼の言葉にハリが言う。
「そうだね。でも、昨日のおばあと今日のおばあ、私たちが島に来る前のおばあも、同じおばあなんだよね」
 妙に寂しそうな口ぶりだった。
「もちろんね。人間なんてそうそう変わるもんじゃない。ぼくなんかいっつも変わりたいと思ってるけど変われないままだよ。でも、そういうもんじゃないのかな? おばあもハリもぼくも表面的一時的に変わることがあっても、あぁ、人格が大きく変わることもあるかもしれないけど、存在そのものは変わらないんだよ、きっと」
 ハリは少し表情を落とす。
「そうだよね。普通、存在自体は変わらないんだ」
「多分ね。人の存在って動かしがたい。少なくともその人が存在してる限り、何がどんなに変わってもその存在自体は変わらない。存在するって、そういうことなんじゃないかな」
「存在してる限り、か。そうだよね、多分」
 ハリの声音に憂いが漂う。
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 それからハリは「おやすみ」と言った。彼は小さく肩透かしを食った気分になり、
「今日はこっちに来ないんだ」と訊く。
「何? 可愛い娘に来てほしいの? でも今日は行かない」
「別にそんなことどっちでもいいさ。ハリの好きなようにしたらいいけど」
 彼は小さな失望を感じながら強がる。
「だってさ、いっつもお父さんにひっついて寝てたら甘えんぼって思われるじゃない。いい歳してファザコンって言われちゃうかも。私は甘えん坊じゃないし、ましてやファザコンなんかじゃ絶対ないんだから」
 そう断言してからハリは、
「お父さんこそ寂しいんじゃないの?」と毒づいた。
 彼は小さく笑った。
「親としては、娘の成長がうれしくもあり、寂しくもあるもんだよ。それが便宜上の娘だったとしてもね」
 ハリは返さない。しばらく沈黙してから呟いた。
「お父さん」
「何?」
「ううん。何でもない」
 彼はおばあの口真似をして言う。
「何だ、おかしな子やねぇ」
 けれどもハリはもう口を開かない。何かに思考を巡らせている。不安になった彼が「もう寝た?」と訊いても答えはない。今夜ももうクジャクは鳴かない。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】
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