1990式戦車は三菱重工業が製造しました。「三菱」といえば、あの「ゼロ戦」を世に送り出した、世界でも有名な武器メーカーです。 日本の防衛協会のトップで、戦車のほか、戦闘機や軍艦など、陸海空自衛隊の主力武器を全て生み出しているのです。
戦車は、何十万点にも上がるパーツの集合体ですが、小さなネジまで三菱一社が全て製造している訳ではありません。車体や砲塔、足回りやエンジンなど、最終的な組み立てを受け持っているに過ぎません。
パーツを製造する会社はおよそ1000社が1990式に携わっているのです。下請けのピラミッドの大きさは高く自動車メーカーと同じで、海外ではあまり例のない日本独特のプロジェクトなのです。
1990年の登場以来、1990式は合計約250台製造されていますが、ひと月にたった一台しか造られていない計算です。大規模な生産ラインはなく、数百人程度の技術者によって、丁寧につくり上げられている「戦車職人」による手作りなのです。
もちろん工作機械も使用されていますが、あくまでも手作業が基本です。規模は違いますが、プラモデルを丹念に組み立てるのと大差ないそうです。分厚い鉄板を切り、溶接して、ボルト閉めを行なう、といった様々な工程は職人らによって成し遂げられているのです。
これには深いわけがあり、数百台程度の生産台数を一気に流れ作業で造ってしまうと、技術者たちの仕事が、このあと10年以上に渡ってなくなってしまいます。こうなれば長年培われ、伝授されつづけてきた戦車製造の手作りの技術伝承が難しくなり、熟練した腕も鈍ってしまうということです。
つまり次の新しい戦車開発に支障が出てしまう、と言う心配から編み出された、究極の「伝統芸能保存対策」なのです。職人といえば、夏の夜空を彩る花火がありますが、日本の花火技術は世界一と言われています。日本の花火は徳川幕府の時には既に楽しんでいたと言うのだから、随分古い歴史があります。
日本全土が凶作に見舞われ、江戸に疫病が流行したとき、徳川幕府は悪霊を追い払い、病気を鎮めるために隅田川・水神祭で、両岸で花火を上げたと伝えられています。その後、徳川幕府の火薬製造所の職人が隅田川で打ち上げるようになり、江戸の庶民にも浸透していったといいます。 現在、世界では日本の花火技術は称賛されているのです。
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