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2020年04月23日10:29

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淋しい生き物たち−少女の欲しかった日 第6話

 夕方遅く、倉吉に着いた。彼は倉吉には初めて降り立ったが、それなりに都会なのだろうと勝手に思い描いていたイメージからすればここも慎ましやかな駅だった。よそよそしさのない分、足は踏み入れやすいのだが、山陰の町はどこも水やりを忘れた鉢植えのようだ。
ずっと昔に、山陽、山陰という呼称が問題視されたことがあった。大ざっぱに言えば「陰」はネガティブな印象を喚起するのでよろしくないという要旨で、「北陽地方」「北中国地方」などさまざまな新しい呼称が提案されたが、結局どれも実ることはなく、いつの間にか「陰」を払拭しようという動きも立ち消えてしまったように思う。それが諦めからではなく、開き直りから来るものだったらいいのだがと彼は思った。
 鳥取からの移動中にネットで予約した駅近の安宿に入り、趣きのある飲み屋を模索したが見当たらず、目に付いた適当な居酒屋で夕食を摂った。店に入るとき、一抹の不安のような期待のような、模糊とした思いがよぎったのだが、この店の客席は障子やシェイドで簡単な個室風に仕切られていて、彼は人目に触れることのないテーブルにひとりでつくことになった。もちろんそんな個室の障子をセーラー服の少女がいきなり開けて入ってくることはなかった。

 次の日、朝から彼は観光案内所で薦められた白壁土蔵群をバスで訪ねた。そこには赤瓦に白い漆喰の壁といった江戸時代の建物が並んでいた。けれどもそうした土蔵に現代的な住居が隣り合わせていたりして、それも自然な時の流れには違いないのだろうが、勝手な観光客である彼はそんな同居に少し物足りなさを感じた。
           フォト
 この町にはそこここに、カウンターの少女を見かけたときに想起した萌えキャラの等身大パネルが立っていた。由緒ある酒蔵の格子戸の向こう側で、地元飯を売りにした飲食店の幟(のぼり)の隣で、長い年月あまり姿を変えることがなかったに違いない雑貨店兼土産物店の商品の間で、奔放に、おしとやかに、ミステリアスに、艶やかに、萌えキャラたちが微笑みを投げかけている。ミスマッチとも思えたが、このパネルたちはアニメの登場人物らしく、音楽で鄙びた町を活性化させようと立ち上がったガールズバンドのメンバーだった。倉吉市の観光大使でもあった。倉吉も決して活気に満ちているようには思えなかったし、その町興しのために町興しアニメとコラボするというのはなかなか今風でよくできた話だと思った。そして、ここにならあのセーラー服の少女が立っていても居酒屋や砂丘よりはずっと違和感がないかもしれないとも。
 どこの誰かもわからない、もちろん名前や年齢その他一切の情報もない、何かのふれあいがあったわけでもない、面差しさえ横顔しか知らない、そんなひとりの少女がいつのまにか彼の脳裏にまとわりついている。
 白壁の町をひとわたり巡り、町歩き地図の端っこにあった打吹公園を彼は目指した。
 観光名所である土蔵群でさえ人影が多かったとは言えないのに、町外れの公園に人がいるはずもなかった。園内を歩けば緑が深く、懐も深い公園だったので彼は気持ちを和ませていたが、林道を抜けて少し開けたスペースに、地面を掘り下げ、コンクリートで周囲を固めた猿山があり、その猿山を、セーラー服の少女が見下ろしていた。ふぅ。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】
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