結論からいうと、日本古典や比較文学を勉強している中国人で日本語が堪能な人は、助教や非常勤講師以上です。しかも、大して堪能ではないことが多いです。ドクターの学生ですら、全然ダメです。
だから、一般の人、経済を勉強して日本の企業に就職したいという人や、配偶者が日本人だから日本に就職したいという人は、絶望的に下手です。
よく、仲間から日本語教育の話が出ます。
イ マーケットとして非常に有望だということ。
ロ 日本語教育の文法と国文法は落差があり、研究しなければいけないこと。
などです。
要するに誰かがやらなければいけないから、こっちに話が回ってくる。将来的に大学の関連のコマが増えるなどということです。
そうかもしれませんが 事情が複雑なのは、マジョリティである中国人の日本語教育は、絶望的に困難だからです。
なぜ、難しいかというと、日本で、素人の日本人から習っているからです。
彼らは最終的には、
1 助詞など和語の連語的な表現
「…であるわけがないとも、あながちには言えないのではあるまいか」などの理解。
2 日本独特の漢語の理解
の二つに到達しないといけません。
ところが、日本人の普通の人は非常に文脈を読むのが巧みです。
また、非常に異文化に寛容です。
(そんなばかな…と思う人もいるでしょうが、本当の話。手打ちうどん屋に向かって、「こんな、パスタはあり得ない」と説教するイタリア人のようなのが、国際標準です。)
だから、
「私、中國、帰る」という、本来なら零点の表現が通じてしまうのです。
なぜ、零点か。
「私は、中國に帰る」「私は中国から帰る」の正反対の解釈が成り立つから。確かに、日本語はハイコンテキスト言語(文脈依存度が高く、みんなが文脈を理解している言葉)です。東京の新宿で、中國人の李さんが言ったら、前者の意味だと受け取ってもらえます。ただし、いざというときにコンテキストの力を借りなくても、正しい表現ができる力がないと、そのハイコンテキスト性は十分に利用できません。
日本の高校に行って、普通の日本人から日本語を学んだら、みんな文脈から判断してくれますから、「私、中國、帰る」から進歩しません。
いわば、料理人の修行をしている人が、全部の食べ物にマヨネーズ掛けているようなもの。中級以上にならないという問題点があります。
これは、日本人が英語を勉強するときも同じです。
ある、地方の高校出身のA君は、親が金持ちで、ネイティブに英語を学んだそうですが、文法などは、全然ダメ。たとえば、「Londonに行く」という表現があるとします。普通使用する前置詞は、toですが、地図を見ているとき、ロンドンの近くならいいというときは、toとは限りません。また、「時を表す副詞節は、なぜ現在なのか」などの疑問に答えてくれません。また、発音も、天然自然にしゃべれる人より、苦労してやっと自分の発音を矯正してマスターした日本人の方が教師として適しています。
では、中國人に日本語が出来るのがいるかというと、そういう人は大概、大学の先生や上場企業の幹部、高級な公務員になっています。日本語教師には、出来ません。
人材は、中國にはいません。
どこにいるかというと、台湾にいます。しかも、かなりの人数がいます。
これから、安倍の史上空前の移民政策が進行しても、台湾人の力を借りないと、中國人の日本語教育は出来ないという気が致します。
日本で働くのが「夢」だと? 直視すべき現実があることを知っておくべき=中国
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=97&from=diary&id=5984366
ログインしてコメントを確認・投稿する