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2019年12月01日17:01

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ショート・ミステリー その2 <30年後>

男は石垣の多い城跡の桜の木の下に立っていた。

学生時代に付き合っていた彼女とのデートコースは決まってここだった。
しかし、男の県外への就職が決まり、またその他にもいろいろ有ってお互いに分かれようという話になった。

その時に二人は丁度30年後のこの日この時間にこの場所で会おうと約束したのだった。

もう50歳にもなった男は、ふとそのことを思い出し、久しぶりの母校の見学もかねてこの地を訪れ、この木の下に立った。

あの日以降、お互いに一度も連絡をとったことが無かったので、彼女が来るとは思わなかった。只、宝くじを買ったつもりで丁度30年後の約束の時間に約束の場所に立っていた。

30年前に彼女と桜の木の下を歩いた思い出がよみがえり、胸が熱くなった。

<僕がここで待っていると彼女は目の前の石段を登って来て、頭の先から順に見えたっけ>
と、当時を懐かしんだ瞬間、男は「あっ」と叫び、息が止まるほど驚いた。

丁度その時に石段を登ってきた女性が、顔も体型も年の頃も、30年前の彼女の生き写しのようにそっくりではないか!
髪の毛を後ろに括った髪型や歩き方や服装までそっくりだった。

事実は小説より奇なり、と言うが、こんな偶然があるものだろうか!これは夢か幻か?
男は呆然として、その若い女性を見つめていた。

するとあろうことかその女性は狼狽しきっている男にひたひたと近づいてきて「こんにちは」と微笑んだ。

男は何がなんだか分からず、ただその女性の目を見ていた・・・。

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もうお分かりと思いますが、私はあなたの友人だった母の娘です。

母は3年前に病で亡くなったのです。
私は母の看病をしていて、その時にあなたの話を聞いたのです。

彼女は話を続けた。

私は、「そんな・・30年も経って、その人は来る訳無いでしょう?」
と言うと母は、
「いいえ、あの人は必ずくるわ!あの人はそういう人だったの・・」と言いました。

それで私、来てみようと思ったのです。

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男は後を振り向き、体を震わしながら無言で桜の木にもたれかかった。
もう魂ここに在らず、というほどに茫然自失の状態だった。

しかし、彼女が言った<母の一言>が男をかろうじて現実に呼び戻してくれた。

「すっかり忘れていたことなの、もし病気にならなかったら、私はこのことを思い出すことは無く、従って30年後にあそこには行かなかったと思うわ」












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