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2019年11月04日10:08

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鍋について。

鍋の季節になりました。
昨日も、情報交換をしたいと駿台さんの友人(同業者)からメールがあり、どこかで飲むことにしました。
寒くなりましたが、鍋以外のところを考えています。

あくまでも個人的な話ですが、
最近は、鍋という形式が嫌いです。書生食いに相当し、一人前の食事ではないからです。数人で書生にもどるならいいのですが。
二人以内の場合と、うまいものを食いたい場合は、鍋という選択肢はありません。例外は、スッポンとフグです。

おそらく、簡素過ぎるのと、仲間関係の強制のようなものがあるからだと思います。

夫婦恋人で食べると、所帯じみています。
ドラマに描かれえ男女関係でイイナ…と思ったのは、『ふぞろいの林檎たち』の一シーンです。若いころに「国際工業大学」の学生たちと合コンした、看護学生だった手塚理美が、独身のまま仕事で昇進し、看護師長になる。いろいろなことがあって疲れて、中年になってからかつての合コン相手の恋人時任三郎と性的関係なしに、ラブホテルのようなところで一緒に一晩寝るというシーンがあります。そういう自由さ、自由に関係を構築できるという要素がありません。

だから、古事記で、死んで黄泉の国に行ったイザナミは、イザナギが迎えに来たとき、「黄泉の国の食べ物を食べてしまったから現生には戻れない」と断りますが、彼女が食べたのは、鍋だったのではないでしょうか。だからこそ、戻れなくなった、あるいは、戻れない仕来りであったと思います。

と考えると、相撲部屋の食事が鍋なのもよくわかります。
強制的に押し込まれた共同体です。
しかも、番付順に食べるから、下っ端は、出世して番付を上げなければいけない…というモチベーションになるそうです。かつては、序二段や序の口の若い力士は、菜っ葉が浮いた汁程度しかありつけませんでしたが、栄養が溶けているから、力士にはいい食事だったそうです。

大阪の奉公人の食事の船場汁もよくできています。鯖のアラと大根という安い具材ですが、材料が新しければこの上ない味です。

もともと鍋は、囲炉裏で食べたもの。
ところが、囲炉裏には座る席次があったのですね。だから、鍋を食べることは、よく言えば共同体の一員になることですが、悪く言えば席次の中に組み入れられることを意味します。
それを個人に解体したのは、近世後期の箱膳です。

よく、近代以降に個我が目覚めた…という言い方がされますが、それはたぶん、不正確です。

この間、下の娘が、豚汁を作っていました。入れる器を鍋に代えれば鍋物になりますが、これが非常によくできています。
バターでタマネギ、ニンジン、ニンニク、バラ肉を炒めて、酒を入れる。酒と具から出た汁だけ。カツオと味噌を少し入れて出来上がり。

盛ってもらうと、半分以上が具です。うまかったのは、野菜がいいものだったからでしょう。

味はよかったですが、鍋に入れて囲みたいとは思いません。
子どもをもっとも理解していないのは、親だから。だからこそ、うざったくてたまらないのでしょうね。これは宿命ですから、努力の問題ではありません。

我が家では私が作ったワンタンがよく出ます。普通にクリームシチューを作り、豚のひき肉をマジックソルト少量で味付けして、ワンタンにしてシチューに入れるだけです。これも、銘々に盛ります。

この冬は、鍋ではなく、汁を作りたいです。

たとえば、青魚のツミレを作り、昆布だけの汁で煮る。具は薄切りの大根と芹、せいぜいニンジン。よそうとき、汁を少なくする。そのうちに味が濃くなりますから、雑炊にします。

しかし、卸すのが面倒です。
同業者とは、炊き合わせでも出す店に行きますか。

もちろん、上座下座のない、カウンターで。

台風被災者に力士ちゃんこ鍋
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5850318
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