mixiユーザー(id:330483)

2019年10月11日01:31

137 view

【演劇】演劇集団円『ヴェニスの商人』 吉祥寺シアター 2019年9月10日(木) 14:00

一点大きな不満があるのだが、それ以外はなかなか現代的で楽しい『ヴェニスの商人』だった。そして今この作品を上演すること自体がいろいろな問題提起になるという点が、何よりも興味深かった。
 
まずその不満点から。本作の台詞回しは、新劇系劇団のシェイクスピアものとしては、ずいぶん芝居っ気の少ないリアルな発声になっている。現代口語演劇のよう…とまで言うと極端だが、朗々とした通常のシェイクスピア劇よりは、小劇場系の発声に近い。それ自体は良いのだが、それが吉祥寺シアターの広い空間とうまくマッチせず、何を言っているのかよく聞こえないことがしばしばあった。やはり吉祥寺シアターは、役者の声が妙な具合に吸い込まれてしまう感じがある。もって狭くて音響の良い劇場なら良かったのだが。
ただし空間の問題だけでなく、修辞だらけのシェイクスピア台詞を、現代口語的に発声して観客にすんなり意味を分からせるには、何か特別な方法論が必要なのかもしれないとも思った。小劇場のシェイクスピアは、台詞自体をもっと現代的に噛み砕いてしまうことが多いから気にならないのだろう。
 
そして本作を見て最大の感想は「今見ると、これってマイノリティ苛めそのものだな」ということ。確かにシャイロックにも人道的に非難されるべき点はあるが、彼の非道は、言わば虐げられてきた者の恨みが爆発したもの。少なくとも法を侵したわけでもないのに、あの仕打ちは酷すぎる。ほぼ勢いだけでユダヤ教徒を無理矢理キリスト教徒に改宗させてしまうとか、現代の倫理観からすると言語道断だ。
「キリスト教徒=善/ユダヤ教徒=悪」という構図があまりに露骨で、「本作がこれほど人気を博し、ユダヤ人=悪のイメージが定型化しなければ、ナチスによるホロコーストも起きなかったのでは?」と思うほどだ。もちろん500年前の芝居を今の倫理観で裁くのはナンセンスだが、それを現代に上演するのであれば、それ相応のスタンスが求められる。
本作は、その点にちゃんと目配せがなされている。シャイロック(金田明夫)を最もシリアスなキャラクターとして描き、裁判の場面でも、まるで他の登場人物がよってたかってシャイロックをいたぶっているかのように見える。特に秀逸なのは完全オリジナルのラストで、主人公サイドががめでたしめでたしの大団円を迎えた後、まるで遠藤周作の『沈黙』のごとく水責めを受けながら改宗させられるシャイロックと、悲嘆に暮れる娘ジェシカ(吉田久美)の姿が無言のまま描かれる。本来喜劇である本作に付け加えられた悲劇的ラストだ。
全体としてはあくまでもシェイクスピアの原典に忠実なため、シャイロックの悲劇が本筋のドラマとうまく融合しているわけではない。しかし融合していないが故に、かえってこの物語が持つ倫理的な問題をメタ的に浮かび上がらせる効果を出している。多分他のどの部分を忘れても、あのシャイロックの悲劇を描いたラストは長く記憶に残ることだろう。皮肉にも『ヴェニスの商人』が持つ問題点を明確に描き出したことで、大きな価値を持つ上演になっているわけだ。
 
従来のヒーローものの世界観をひっくり返し、悪役キャラクターに虐げられたマイノリティの姿を重ねた『ジョーカー』がこれだけ評価され大ヒットしているわけだから、それと同じ手法で、そろそろ『シャイロック』という戯曲が書かれても良いのではないだろうか。
独善的なキリスト教徒に迫害され、賤業である金貸しとして生きる他なかったシャイロック。顔を見るたびに侮蔑の言葉を浴びせ、唾さえはきかけてきた商人アントーニオに恨みを晴らすチャンスがついに巡ってきた。「金などいらない。これまで受けてきた屈辱を晴らし、踏みにじられてきた自分の名誉を回復することを望む。慈悲の心を持て?キリスト教徒がこれまで自分にどんな慈悲をかけてくれたと言うんだ!?」だが社会的弱者に訪れた千載一遇のチャンスも、詐欺同然の法廷戦略によって覆され、恨みを果たせないどころか財産没収の上 改宗まで強制され、人生の全てを強者によって否定される…そんなユダヤ人の悲劇だ。
昨日見た映画『絞死刑』からの連想で言えば、シャイロックを朝鮮人にした日本版もありだろう。強い差別を受け続け、最後にはインチキ同然の裁判によって財産もアイデンティティも奪われ、無理矢理「日本人」にさせられる朝鮮人の物語。今日の芝居は最後に巨大な十字架が出てきたが、このヴァージョンなら最後に出てくるのは日の丸だ …と書いてみたら、そんな話、100年ほど前には実話でゴロゴロ転がっていそうなことに気づいて、少々慄然とした。

ともあれ『ヴェニスの商人』という物語は、21世紀においては「エスタブリッシュメントによって迫害され、それに楯突いたことで、財産もアイデンティティも奪われるマイノリティの悲劇」として、シャイロック視点で再構築されるべきだろう。今回の上演は、その1つのスタンダードとなりうる演出だった。
 
 

https://en3987.wixsite.com/merchantofvenice 


3 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2019年10月>
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

最近の日記

もっと見る