mixiユーザー(id:12410478)

2019年08月05日15:08

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なぜ、「右翼」という言葉に内容がないか。。

「右翼」という言葉は、
日本の場合、戦前の社会主義に拮抗した、保守主義や反動主義を源流にしていますが、

1 法に自浄作用がなかったので、「君側の奸を除く」という考え方があった。

2 反欧米侵略という考え方があった。

という重大な政治テーマがありました。
1、2は、反対者は日本中に一人もいません。また実現させる手段は、天皇親政でも共産革命でもいいはずですから、天皇制とも反天皇制とも全く矛盾しません。
では、上に戴いた天皇は何かというと、空気のようなものです。

「不忠」という言葉がよくつかわれましたが、単に、政敵を攻撃する口実に使われていただけであり、政治思想の実質的な中核だったとはいえません。

論より証拠。
天皇主義者は、思想的に社会に影響力を持つ人(思想家といってもいいです)のレベルで、どのくらい戦前に存在しただろうか…という疑問があります。
実際に「天皇親政」などと口走っていた人が、実は天皇主義でも何でもなかった…というケースが目立ちます。

北一輝
「万世一系の天皇というのが本当ならば、我々全員が天皇になる資格がある」と述べています。

石原莞爾
関東軍の日本からの独立を考えていました。

226事件の村中、磯部ら
統帥権干犯という問題に気付いていながら、226を起しました。磯部浅一は、裁判中に天皇を恨む手記を残しています。

…日本人は、現実主義者です。最後の審判のようなものを本気で信じる人は、稀です。
だから近代以降、曲りなりに学校教育を受けた人に、天皇の血筋の人が必ず素晴らしい人だ(そうでないのは武烈や後醍醐の事跡から歴然としています)とか、神武天皇の血が薄まることがなかった(女性の染色体の影響がない)などという考え方をした人は、少なかったと思います。

だからこそ、
天皇を全く信じておらず、しかも利用した
北、石原、村中…などのような発想が生じました。

別の言葉でいうと、日本の家は、魔術的なものではなく、便宜的なものだったからです。
武家などは、御家中がまとまり、繁栄すればいいですから、殿さまの縁戚がいるのに養子を取るなどということは、当たり前のことです。
現代にたとえたら、ある大学の総長が退任し、後釜に文化勲章を取った、東大名誉教授が天下っても、その人に特に問題がない限り反対運動など起きない…ということでしょう。
トップは誰でもよく、そのトップの下で繁栄すればいいわけです。

だからこそ、自分の改革が正しいと信じていた村中や磯部は、天皇を恨み、統帥権干犯は、陛下の兵を私する行為であり当然死刑である(たとえば、横須賀の米軍が北朝鮮を勝手に攻撃するなど、一大国際問題になります。死刑が存置されているかは別の問題として、現代の先進国でも最高の犯罪です)ということを忘れていたのでしょう。

一般庶民がほとんど知らなかった「みかど」を、水戸学を援用して神格化しても、一般人の意識は、改まらない、
というより、天皇は論理的に「機関」でしかありえないから、
当然に、北、石原、村中…のような人が出ます。
そして美濃部達吉の命が狙われたのは、痛いところを衝かれたから激怒したのでしょう。

戦後も、機関でしかありえない天皇の本質は同じです。
「右」と「天皇制護持」は、同一視されますが、
「畏れ多くも陛下の赤子の暮らしを守るため、日米安保脱退、消費税を廃止し、物品税を復活する。国賊安倍を東京ドームで死刑にせよ」
というような主張も可能です。

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