mixiユーザー(id:12410478)

2019年07月31日06:01

466 view

風神の正体は、神風。ささやかな『遠駝延五登』

俵屋宗達の描いた「風神雷神図」は、鬼の姿でありながら、妙に憎めないかわいらしい姿をしています。
しかも、真面目な顔をしています。
宗達の作品としても最高傑作ですが、なぜでしょう。

風神(恐らく雷神も)は神風そのものだからでしょう。
だから、気合を入れて描いたのでしょう。

元寇の記録が『太平記』にあります。

弘安四年七月七日、皇太神宮の禰宜荒木田尚良・豊受太神宮の禰宜度会貞尚等十二人起請の連署を捧て上奏しけるは、「二宮の末社風の社の宝殿の鳴動する事良久し。六日の暁天に及て、神殿より赤雲一村立出て天地を耀し山川を照す。其光の中より、夜叉羅刹の如くなる青色の鬼神顕れ出て土嚢の結目をとく。火風其口より出て、沙漁を揚げ大木を吹抜く。測ぬ、九州の異狄等、此日即可滅と云事を。

漢文脈なので、過去の助動詞がありませんので、適宜、補って訳します。

弘安四年七月七日に、(「神風の」の枕詞で古代から有名な伊勢の)皇太神宮(伊勢神宮)の禰宜荒木田尚良・豊受太神宮の禰宜度会貞尚等十二人が、起請の連署を捧げて上奏したことには、
「二宮の末社である風の社の宝殿が、長い間鳴動しました。六日の暁がたになって、神殿から赤い雲が一叢立ち上って、天地山川を照しました。その光の中より、夜叉羅刹のような青色の鬼神が出現して土嚢の結び目をときました。火風がその口より出て、沙を巻き上げて取り、大木を吹いて根こそぎにしました。これでわかります。九州に侵攻した蛮族どもは、すぐ滅びるだろうということを。」

長い間眠っていた風神が、日本の危機に際して目覚めたものか、上奏文通り、弘安の役は、台風のお蔭で勝利しました。

攻撃軍にいた高麗王子も命を落としました。
元高麗連合軍の将軍が逃げたため、鷹島という島に、十万人取り残され、教養がある者は大般若経の修復にこき使うなどし、後は殺されたり奴隷になったとされています。
元寇は、豊臣秀吉の文禄慶長の役の口実にも使われています。

さあ、どうなるでしょう。
私は、この話題について、自分の意見は述べません。

日韓のバトルは、高見の見物と行きますか(笑)

ただ、韓国とバトルが始まっても、「モンゴルや中国を恨め。あるいは、自国の支配階級(勇ましいことを言ってカッコを付けて、自国の兵士を使い捨てた高麗の将軍や王)を恨め」という「正論」が出るかどうか(笑)最近の日本の「論客」は、教養がないですからね。
日韓両国とも、悪い意味でのポピュリズムに侵され、内容がない人が揃っています。

『遠駝延五登』とは、上田秋成のエッセイの名前。
「おしえごと」とも「おだのぶごと」とも読めます。「おだ」とは、得意顔に勝手なことをいうこと(笑)

それに名を借りた、ささやかな情報提供かつ、しょうもない与太話です。

東京オリンピック記念500円硬貨の図柄、投票最多の「風神雷神」で決定
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=128&from=diary&id=5726865
6 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2019年07月>
日 月 火 水 木 金 土
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031