久米南町で「マンホールカード」を手に入れた際、治部邸に立ち寄った。
治部家は、文和元年(1353年)に九州日向国(宮崎県)から戦乱を逃れ久米南町山手の地に帰農。
その後、この地で庄屋となり、その居宅は江戸時代の豪農の面影を伝えている。
久米南町が平成元年12月に、所有者の治部氏から寄付を受け、この歴史的遺産の保護と地域の活性化に役立てるため、農村型リゾートのシンボル施設として修復中です。
・TOP画像
「治部邸全景」
ここは久米南町のど真ん中。
道の駅「くめなん」から東に位置し、国道53号線の全間・交差点から入る。
山奥の山間部で周囲は田園地帯が広がっており、こんな場所に立派な家屋が
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夏場の西日本豪雨被害で山間部はまだ道路の崩壊箇所が手つかずで残っている。
通行止めになっていたが、迂回路がある。
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入口は「長屋門」
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「母屋」
家屋内には民俗資料館になっているが、宿泊研修施設は来年の3月21日までの予定で改修工事中。
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「母屋」の前庭風景
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「土蔵」
山奥の中で白壁が一際映える。
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「懐古廊」
↑(左)
なぜか敷地内に赤ポストが・・
民俗資料館として展示品のひとつだろうか?
↑(右)
消防ポンプ車
ここに訪れるのは何かの機会がないと中々ないだろう。
そんな山奥の場所です。
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