11月5日(月)
朝になって最終決断をした。
わたしたちは2つのグループに分かれる。
高度障害のKさんと風邪をひいたイギリス男は2日間かけてナムチェバザールへ戻る。
ネパールベテラン夫婦と岐阜育ちのネパール女子はゴーキョピークを往復し、4日間でナムチェバザールに下る。
Kさんとイギリス男はナムチェバザールで2日間の休養だ。
全員が合流してから、一緒にルクラまで下山する。
ネパール人のサポーターたちはガイド、ポーターが二人ずつだからちょうどいい。
ガイド一人、ポーター一人でそれぞれをサポートしてもらう。
それで、わたしはどっちで行こうか。
下痢がひどいけど体力は充分だ。
もしも体調を崩したら、ピークの麓にあるゴーキョのロッジで待っていればいい。
ということで、わたしも登頂に挑戦することにした。
高度障害のKさんは歩くのも心配なので馬に乗っていくことになっている。
それが調達できるまでロッジで待機する。
7時45分、下山組に見送られながら出発した。
緩やかな上り下りはあるけど平原のようなところを歩いていく。
殺風景な原野の向こうにはチョ・オユーが見える。
8200メートルで中国国境の山だ。
途中のパンガでティータイム休憩。
シェルパの若奥さんが一人で経営する瀟洒なロッジだった。
やがて斜面が少し急になる。
沢沿いに尾根を回り込むようにルートが続いている。
尾根を越えるとケルンが林立する岩の原っぱに出た。
その向こうにはゴーキョ・ファーストレイクがあった。
ゴーキョには3つの氷河湖がある。
ヒマラヤの奥の氷河が溶け出した水だ。
魚もいない、生物もたぶんいない。
ただ緑色に輝いているだけの静かな湖だ。
ファーストレイクまで来ると、やっとゴーキョピークが顔を出した。
5360メートルだけど、8200メートルのチョ・オユーの手前にある。
だからどうも貧弱な感じがする。
しかし、わたしたちはこの山に登るために日本からはるばるやってきたのだ。
もうちょっと頑張るぞ。
ほぼ水平な道を沢沿いに歩く。
セカンドレイクが見えてきた。
奥へ行くほど大きな湖になる。
湖岸へ走って行って記念写真を撮る。
雲ひとつなくて、穏やかな天気だから、寝転んでビールでも飲んでいたい気分だ。
しかしそれからが長かった。
歩いても歩いても同じ風景が続くばかり。
ゴーキョピークに向かって水平道をひたすら歩く。
岐阜育ちネパール女子が座り込んでしまった。
いちばん元気だったのに。
どうも高度と疲れがまとめてやってきたようだ。
ネパールベテラン夫婦の妻のほうもだいぶ疲れているようで、肩を落として歩いている。
のろのろと進んでいく。
やっと最後のサードレイクに着いた。
サードレイクの辺りにロッジがあり、ゴーキョピークへの登山道もロッジから始まっている。
ここまでくればもう少し。
13時15分、ゴーキョのロッジに到着。
わたしはランチもディナーもスープだけにした。
下痢だから、なにを食べても身体を通過するだけだと考えたから。
明日はゴーキョピークへ挑戦だ。
体力のほうは、日ごろ貯め込んだ皮下脂肪を使うのだ。
11月6日(火)
岐阜育ちネパール女子はロッジで待機していることになった。
風邪と疲れで大事を取るそうだ。
それでゴーキョピークへ登るのはネパール大好き夫婦とわたしの三人だけになった。
7時、ロッジを出発。
200メートルほど湖を回り込み登山道に取り付く。
ゴーキョのロッジが4800メートル。
ピークが5360メートルだ。
つまり560メートル登るだけなのだ。
それもしっかりした緩斜面のつづら折りのルートを登るだけ。
日本にこの斜面があれば1時間ちょっとで行けるだろう。
でもここはヒマラヤの5000メートルだ。
昨日も食堂から部屋に戻る途中の階段で息が切れて苦しかったほどだ。
酸素濃度は5300メートルで半分になるそうだ。
頂上付近が5360メートルだから、地上の2倍の量の呼吸をしないと追いつかない。
登っていくうちにネパール大好き夫婦の妻のほうが高度で苦しみだした。
奥さんのほうは初めての高さだ。
一歩足を出すのに精一杯。
また次の足を出すのに力を振り絞るけど立ち止まってしまう。
なんども休憩するたびに座って水を飲み、もうダメだと弱音を吐く。
本当にもうダメだと思っているのだろう。
ここで下山なんてことになるとややこしい。
それに奥さんにもなんとか登ってほしい。
励ましの言葉をかけ、立ち上がってもらう。
ニセ頂上を越えると、またピークのようなのが見える。
なだらかな山はこれが鬱陶しい。
そこを我慢して、一歩ずつ、というか一歩進んで休憩してというような上りを続けていく。
やがてはるか上に白いポールが見えた。
ガイドさんが言う。
「あれがピークだ!」
最後の岩場を登りきる。
白いポールが目の前にある。
頂上に着いた。
ネパールの五色の旗、タルチョがたなびいている。
10時ちょうどだった。
奥さんも登頂の感激でいっぱいだ。
少し岩場を越えて、山がよく見える方へ行く。
4つの8000メートル峰がゴーキョピークを取り囲むように聳えている。
チョ・オユー、マカルー、ローツェ、そしてエベレスト。
登ってきた方向を振り返るとゴーキョレイクとギャズンバ氷河は遥か眼下だ。
素晴らしい景色に堪能し、記念写真を撮ってから下山。
これからは高度がどんどん下がるので少し安心だ。
奥さんもちょっとホッとしたような顔をして下っている。
11時30分、ゴーキョのロッジに到着。
岐阜育ちネパール女子は、わたしたちの登頂を喜んで迎えてくれた。
緊張は解けたけど、下痢はまだ治らない。
やはりスープだけを飲んで済ます。
12時35分、ゴーキョロッジを出発。
今日のうちにルーサまで行くのだ。
来た道を戻る。
あいかわらず長い平坦なルートだけど、今度は下りだからなんとか歩く。
わたしは元気に歩いていた。
だけど奥さんの歩みが遅い。
もう疲れて最後の力を振り絞っているようだ。
パンガのシェルパ若奥さんのロッジで長めの休憩をする。
どうもルーサまで行くのは無理だ。
ここからマチェルマまでなんとか歩いてもらって、今日はそこで泊まることにする。
よろよろとした奥さんの歩きに合わせ、なんとかマチェルマまでたどり着いたのが16時20分だった。
もう日が沈みかけていて気温も下がってきている。
ここは4470メートルだけど、それでもだいぶ楽になってきている。
ロッジのストーブを囲みながらディナーを食べる。
わたしは三日ぶりに食事をした。
サンドイッチとミルクティーだ。
下痢も少し治まってきたから。
ゴーキョではスープやお茶を飲んでいただけ。
これで5000メートルの山を登ったのだ。
どれだけダイエットになったか楽しみだった。
でも日本に帰ってから体重を測ったけど増量していた。
たぶん、カトマンズに下りてから暴飲暴食したからだろうなあ。
次回の日記ではそのあたりのことを書く予定だけど、山登りは終わったから面白くないかもしれないのでよろしく。
続く
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