明治百年式典に天皇陛下をよばないとは、異様なことです。
それは言い訳で、恐らく、天皇かお断りになったのでしょう。
いずれにしても、安倍が天皇を排除したい、あるいは天皇が式典の趣旨に反対しているのいずれかであることが明白になりました。
明治百年を祝うべきではないと、ぼくも思います。
侵略と戦争に向けて舵を切った時代です。
また、庶民のセフティネットが崩れた時代です。
たとえば、江戸のほとんどの庶民は長屋に住んでいました。
あまり知られていませんが、
長屋の大家のほとんどが、土地を所有していません。
奉行所や大名から、土地を借り、
そこに、火事があるから、売る際は評価額ゼロになる長屋を建てて、庶民に貸したのでした。狭かったですが、非常に安い値段で借りられました。
月に三百文〜五百文。一文は米価や蕎麦の値段に換算すると、せいぜい、15円程度です。
ちなみに蕎麦は、二八です。これは、当時は小麦粉とそば粉の配合の話ではなく、値段が十六文だということでした。そば粉の値段が安く、庶民が食ったことを考えると、まあ、三百円くらいでしょう。
(蕎麦屋の店舗の家賃も安かったですし、夜鷹蕎麦という屋台も同じ値段でした。背景には町奉行の値上げ禁止があります。利益が出ないので、天婦羅そばやあられ蕎麦など種物が発達しました。本当は500円取りたいけど、御触れがあるから300円に抑えて、儲けは酒と摘みのてんぷらや蒲鉾、タネモノで出そう…といったところでしょうね。)
と考えると、家賃は五千円程度です。
今どきの、小金を稼いだ人が投資用のワンルームを買うのとは、訳が違います。
大家は地主ではなく、世話役でした。
当時は、コレラが流行り、輸液がなかったので脱水症状で、一晩で人が死にました。
(写真は、コレラをもたらした妖怪、お虎狼狸さんです)
夫婦がなくなり、子どもが残されたら、長屋全体で子どもを育て、年ごろになったら男の子にはつきたい商売を聞く。たとえば、「大工になりてえ」というなら大家が棟梁に紹介し弟子にする。
女の子には、好きなものがいるか聞き、いなければ見合いさせる。
…今、マンションで、ご夫婦がなくなり、管理組合が残された子を育てることがあり得るでしょうか!
明治以降の近代という時代は、人間が、とりわけ弱者が孤立した時代です。
■政府が明治維新150年を祝う式典 天皇陛下は出席せず
(朝日新聞デジタル - 10月23日 13:39)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5343773
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