速読などは、読んだことになりません。
熟読しても、世界史の教科書がいい例です。何も賢くならない…という人もいます。
勉強方法を説いている本やサイトは、くだらないものが多いですが、
https://toyokeizai.net/articles/-/222839
は、久々に感心しました。
1 要約
2 読んだ内容の応用と発展
の二つを説いています。
1は、まさしく、大学入試や教員採用試験の教科教養の極意中の極意です。
2こそまさに読書です。
価値がある本は、その内容をじっくり考えないと、読んだことにはなりません。
特に哲学や宗教の本は、ある一語をどれくらい深く解釈するかにかかっています。一語の意味を考え続けること数年というのも、決して珍しくないでしょう。
積読にも二種類あります。
買っただけで、表紙を眺めているもの。
これも、非常に不思議なことに、表紙をみて様々なことを無意識に考えるせいか、手許に本がないよりもマシです。
内容を考え続けて、なかなか先に進めないもの。
私にとって、『金剛般若経』がそれにあたります。
そういえば、こういう話を聞きました。
友人(フランス詩の翻訳家)に、ダレルの「アレキサンドリア四重奏」(『ジェスティーヌ』『バルタザール』『マントオリーブ』『クレア』の四つの連作)が素晴らしいという話をしました。
ちなみに、小説好きの読書家というものは、「アレキサンドリア四重奏」を読んでいる人と読んでいない人の二種類しかないと思います。それほど素晴らしい作品です。
たとえて言えば、「サーモンのマヨネーズ巻き」しか食べたことがない人が、江戸前寿司を語れないのと同じです。
そうしたら、友人は、「読み終わるのがもったいないから中止している」といいました。
わかります。それぞ、読書家の理想です。
「読む気はあるんです!」… 積読している人にありがちなこと
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=134&from=diary&id=5208921
ログインしてコメントを確認・投稿する