矢掛宿場町の続編です。
今回は国の重要文化財に指定された「旧矢掛本陣石井家住宅」を紹介しよう。
本陣とは大名や幕府役人が宿泊、休息した公認の旅宿の事です。
ここ旧矢掛本陣の石井家は元和6年(1620年)に現在地に移り、寛永12年(1635年)の参勤交代の制定に伴い、四郎兵衛喜昌が本陣職を命じられる。
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「矢掛本陣入口」
元禄期には鹿児島藩主・島津氏や萩藩主・毛利氏などが定宿し、その中には薩摩から徳川13代将軍家定に嫁ぐための道中、天璋院篤姫が宿泊したという記録もあると言う。
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「上段の間」
大名が使用した武家屋敷の雰囲気を持つ八帖間で、違い棚と付け書院の床の間が見える。
欄間には桃山文化を反映した「ぶどうとリス」が鮮やかに堀り込まれている。
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「宿札」(関札)
幕府の役人や大名が休泊の際、門の入口に掲げる目印札で板製151枚、紙製272枚が現存している。
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「御成門」
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「御帳場」
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「中土間」の吹き抜け
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「上膳所」
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「上段の間」から眺める御庭(日本庭園)
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「酒蔵」
寛文9年(1669年)に酒造業を始め、延宝8年(1680年)町庄屋、宝永5年(1708年)小田郡の大庄屋となる。
内部には壺や樽、銭箱、文箱、鞍等、大変貴重な調度品を展示している。
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「絞り場」
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井戸と薪場
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「釜場・洗場」
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「中門」
宅地 3,163.98平方メートル
以下の建造物が国の重要文化財に指定。
主屋、座敷、御成門(附 土塀2棟)、裏門(附 土塀1棟)
内倉、西倉、米倉、酒倉、絞り場、麹室
中門、隠居所、番所、洗場及び風呂場(1棟)
さて、今まで何度となく矢掛町の幹線道路を通過したが、このたび初めて宿場町を見学した。
その中でここ「旧矢掛本陣」は規模が大きく、建物の質も優れ非常に良い状態で保存されている。
全国主要街道の本陣跡の保存例は少なく、その構えと風格は非常に価値が高いようだ。
こんな素晴らしい建物が公開されている事にあらためて驚いた。
しかし、この日はすべてを回遊出来なかったので続きは後日に・・
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