怪我による、慢性硬膜外血種(出血後、数日を過ぎると「慢性」というらしいです)の、退院後、初の検査と診察がありました。
東京新宿メディカルセンターの主治医が言うには、
順調に、血腫が吸収されている。これで終わり(もう来なくていい)とのこと。
みると、CTに現れた出血の筋が、半分になっています。
直方体や球なら、容積は一片の三乗に比例するから、0.5^3 で、八分の一ですか。
帯状のものなら、そう簡単ではないとしても、三分の一以下にはなっていると思います。
事故の折は、
温かい励ましをいただき、誠にありがとうございます。
たまには飲んでいいという趣旨のことを言われました。(本当にそう思っているかというと、怪しいです。お医者さんは人間相手の仕事です。禁酒に失敗して、リバウンドで酒浸りになるような方も見ているから、それを織り込んでの発言かもしれません)
ありがたいですが、飲みません。
今回、痛感したのは、
休肝日とはいいますが、週単位、月単位で断酒しないと効き目がないということです。
体の実感としてもそうです。恐らく、休肝日を二日設けても、週の平均飲酒量が多少減るくらいの効果しかないように思います。
私の場合、効いたのは、
何よりも、生活習慣です。
たとえば、酒を飲んで、論文の重要部分を書くという癖がありました。
職場や研究関係の友人と重要な話をするときも、酒が入ります。
この二つは、実は共通点があります。
1 解答は決まっている。
2 1は、一般に非常に難しい。
3 やらなければいけないが、実施には何とも言えない孤独がある。
学問に関しての事柄で、新しいことをいうときもそうですし、仕事の難しいヤツも同じです。
だから、適度な緊張緩和が必要です。
よく、酒に逃げるとか、溺れるとか言いますが、
そういう単純な話ではありません。
逆にいえば、「酒に逃げる/溺れる」という、現実にはほとんどない、極端な表現が持ち出されるからこそ、世間のほとんどの人は、禁酒をしないのではないでしょうか。
その、適度な緊張緩和がないというのは、
仕事のタイプが変わることだと思います。
そう。冒険をしなくなりました。しかし、見えていることは、躊躇せずにやるようになりました。
恐らく、飲んでないキャラクターと飲んでいるキャラクターの二つが必要で、片方に偏り過ぎているということでしょう。
…当たり前ですが、また、
「禍福はあざなえる縄のごとし」
という、当然の現実を、身をもって知りました。
今、生きていることが時折、不思議に思えます。
もう、自分の葬式は終わっていて、浮かばれない霊が、パソコンに向かっているのではないかということです。
得難い体験でした。
前向きに行こうと思います。
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