瀬戸内市邑久町の「餘慶寺」(よけいじ)を尋ねた。
ここは岡山県瀬戸内市邑久町北島にある寺で「中国三十三観音霊場」第二番札所になる。
山号 上寺山(うえてらさん)
宗派 天台宗
本尊 千手観世音菩薩
創建年 伝・天平勝宝元年(749年)
天平勝宝元年(749年)に報恩大師により開かれたという。
当初は日待山日輪寺と称され、報恩大師建立の備前四十八ヶ寺の一つとして栄えたと言う。
平安時代になり円仁(慈覚大師)が再興し本覚寺と改められ、その後に近衛天皇の勅願所となり現在の上寺山餘慶寺となった。
また、室町時代には浦上則宗の信仰を得、戦国時代には宇喜多氏の保護、江戸時代には岡山藩主池田氏の庇護の元で栄えている。
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同寺の特色を示すものとして、一山一寺多院制という伽藍構成が挙げられる。
山内には本堂である観音堂、薬師堂、三重塔、地蔵堂、鐘楼、日吉社、愛宕社、阿弥陀堂、八角堂、回廊(休憩所)などを連ね、
さらに恵亮院、本乗院、吉祥院、定光院、明王院、圓乗院の支院6院が現存する。
これらの堂塔や院の多さは中国地方の中でも珍しく、県内屈指の大伽藍との事。
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「鐘楼」
嘉永3年(1850年)再建。
屋根の二面に軒唐破風をつけた本瓦葺き屋根と均整がとれた袴腰が美しい。
鐘は青銅製で県指定の重要文化財であり、その響きは備前八景に「上寺の晩鐘」として親しまれている。
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「八角堂」
格天井の花絵が素晴らしい。
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「地蔵堂」
昔の「十王堂」を再建し、本尊は地蔵菩薩を祀っている。
十王は地蔵菩薩の化身と言われ、人の死後にそれぞれの王が裁き、亡者を導くと言う。
生前に嘘をついた者の舌を引き抜く有名な閻魔大王は35日の王です。
次回は「観音堂」や「薬師堂」を紹介しよう。
つづく
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